◆救援新聞より…原発賠償京都訴訟 9/23の第17回口頭弁論

  • 救援新聞 京都版No.1283 2016年10月5日
    橋本宏一(日本国民救援会京都府本部 事務局長)

IAEA報告文書を証拠に主張

原発賠償京都訴訟第17回口頭弁論

  • 東京電力福島第一原発の事故で福島などから京都へ避難してきた、57世帯175人が国と東電と国を相手に起こした、原発賠償京都訴訟の第17回口頭弁論が京都地裁(第7民事部・浅見宣義裁判長)101号法廷で開かれました。原告、支援者100人余りが参加し準備書面(45)の要旨を陳述。「IAEA」(国際原子力機関)技術文書第2分冊の指摘を引いて、東電や国が大規模な地震による原発事故の予見義務があったのにこれを怠ったとの主張の証拠として示しました。その要旨は以下のとおり。
  • 2015年9月14日、IAEA年次総会に「福島原子力発電所事故事務局長報告書」(全5冊)が提出された。その第2分冊において、「日本の手法が国際安全基準や他国の安全基準に沿っていなかった。事故レベルの評価も食い違っていて、国際審査チームが評価していれば国際安全基準と整合させる勧告ができた。数十年、数百年というごく短期間の実測事象データを基準に06年までの手法が津波事故の過小評価の主因。再来期間の単位は1万年単位で、先史データがない場合は埋め合わせは、世界各地の類似事象、同じ太平洋プレートの構造環境内をみる(チリ地震、アラスカ地震)。日本海溝も同じ太平洋帯で、ここからはM9以上が予見できた可能性。明治の三陸沖地震と同一の地体構造環境を福島県沖に設定するのは合理性がある。定期的な再評価も必要。土木学会の手法は、近場の津波の有史データを基にした基準、この想定が鍵となった。日本海溝断層で起きる震源モデルと規模について想定していれば土木学会の手法でも安全よりの予測ができたはず。日本の有史データだけを評価基準としたことが11年3月11日の津波の予測を過小評価した一因である。
  • このように、国際安全基準では、津波評価技術の手法は否定された。長期評価の知見を考慮することが正しい。被告らはこれらを十分認識していた。本件のような津波は予見可能だった。

次回

  • 第18回口頭弁論は,11月2日(水)午前10時30分から(抽選のリストバンド交付は9時50分から)101号法廷で。

公正判決要請署名の運動を開始

  • 裁判終了後、京都弁護士会館で報告集会が開かれました。原告団共同代表の福島敦子さんからは、避難者の住宅問題について福島県や各地方自治体などと交渉して引き続きの確保を求めていることなどが報告されました。また、原告を支援する会の共同代表の石田紀郎さん(市民環境研究所代表理事)からは、自身の公害裁判をたたかった経験から、原発事故は究極の公害、農薬を公害とした裁判も最初はごくわずかの支援者だった、原告は変わり者とみられていたのが変わってきた、粘り強く熱心に取り組むことで自分の周りも変わってくる、「避難する権利」ということばはなかった。市民に訴え広げていけば変わる、と話しました。
  • 原告団を支援する会事務局長の奥森祥(よし)陽(はる)さんからは、12月には証人調べが始まり、来年の末に判決となる見通しであることから、公正判決要請署名を本日から取り組むことにした、早期に3万人分の達成をめざすとの活動方針が示されました。この後、さらに原告からの訴えや、同じ訴訟をたたかう大阪や兵庫の仲間の発言もあり、原告、支援者の交流もしました。
  • 進行協議を終えてかけつけた、田辺保雄弁護団事務局長が裁判の内容や、今後の立証の計画などを説明し、最後に川中宏弁護団長のあいさつで閉会しました。
  • 詳細は「原発賠償京都訴訟」のホームページでもご覧になれます。そこからニュース「原告とともに」や「公正判決要請署名」をダウンロードすることもできます。
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◆9/23 原発賠償 京都訴訟 第17回期日の御礼

みなさま
支援する会事務局の上野と申します。

9月23日の京都訴訟第17回期日の報告です。長文、ご容赦ください。

過去2回午後からの開廷が続いたのに、今回はこれまでで最も早い10時30分からの開廷だったため、果たしてどれくらいの方が来て下さるのかと心配していましたが、こちらの不安を吹き飛ばすような結集でした。抽選番号配布の終了時にはまだ傍聴席が6席余っている状況でしたが、その後も遅れて来られる方が10人を超え、傍聴席は無事満杯になりました。

法廷では、提出書面を確認したあと、原告側は次回(11月2日)までに①健康被害については現在原告団が実施している健康アンケートの結果を盛り込んだものを出したい、②高橋意見書への反論、③健康被害に関する被告側の反論への再反論、④シビアアクシデントについて再度整理したものを出すと述べましたが、被告側は崎山意見書への反論と結果可能性への反論は12月7日までに出すが、今日出されたIAEA技術文(後述)については間に合わないと述べ、審理の引き延ばしを画策している様子が窺えました。

そのあと原告側の森田弁護士が、準備書面(45)―IAEA技術文書―についてプレゼンしました。その要点は以下のとおり。

◇2015年9月にIAEAの年次総会がウィーンで開催され、「福島原子力発電所事故事務局長報告書」(本編と技術文書5冊)が提出された。これは、原告側の主張―推本の長期評価に基づいて福島県沖の日本海溝沿いにおいて明治三陸沖地震の波源モデルを設定すれば、敷地高を超えるような高さの津波を予見できた―を補強するものである。

◇技術文書は、地震や津波の想定に関する国際安全基準では、歴史記録のある最大規模に上乗せし、震源を最短距離に置いて想定することになっていた。また、先史データがない場合は、世界各地の類似事象を用いることを推奨していたとし、「日本海溝の最大地震規模は、地体構造上の類似性(チリ地震、アラスカ地震と同じ環太平洋帯に属する)をもとに、マグニチュード9以上と想定することができたかも知れない」とまで述べている。三陸沖と福島県沖は類似どころか、同一の地体構造であり、長期評価が明治三陸沖地震の波源モデルを福島県沖に設定することには合理性がある。

◇技術文書は、東電が依拠した土木学会の手法について、「有史データを基に基準震源モデルを用い、福島県沖には津波発生源がないものと想定された」ことが「すべての評価作業において鍵となった」、つまり過小評価の主たる要因だと指摘している。技術文書の結論は、「日本国内の有史データだけを評価作業で考慮し、誤った合意手法に基づいて適用される手法を用いたことが、2011年3月11日の津波を過小評価してしまった一因であった」という文章に要約されている。

閉廷のあと、弁護士会館で報告集会を開催しました。原告団共同代表の福島さんからは、この間支援者の皆さんの温かいカンパによってひだんれん・原訴連の福島県交渉(住宅問題)に京都原告団も参加してきたが、各地での動きや交渉の積み重ねによって事態は少しずつではあるが動き始めているとの報告がありました。

支援する会共同代表の最後のお一人・石田紀郎さん(市民環境研究所)のミニ講演。メモを失くしてしまったので、正確ではないかも知れませんが、ご容赦願います。

◇1970年代には農薬が多く使われ、その犠牲者も出た。和歌山の農薬死亡裁判の支援に行ったが、最初は傍聴者が3人だった。地元で報告会をしても親戚しか来ない。そんな状態で7年かかって地裁では敗訴。しかし、高裁では勝利和解した。裁判を通して自分が変わっていった。

◇福島原発事故が起こったあと、毎年訪れているカザフスタンに行って帰ってきたら、研究者が誰一人声明も出していないことに驚いた。急いで賛同者を集め、まずは子どもと妊婦を避難させるべきだという声明をだした。原発事故は「最大の公害」だと言ってきた。家をなくすということはあっても、墓までとられる公害はなかった。先日テレビで、先祖の墓を移そうと堀り起こしたら、骨の放射線量が基準値を超えていて外に持ち出せなかいという状況を放映していた。本当に墓まで奪われた。

◇この裁判はこれだけ多くの支援者に支えられている。「避難の権利」を求めて行くことで、社会を変えて行こう。
(なお、石田さんは水俣のみかん農家と関わり続け、毎年大量のみかんの販売を引き受けておられることのこと。会場からの質問に対して、次回期日にはチラシを持って来ますとのことでした。)

支援する会では現在、本人尋問に出席するために遠くから京都に来る原告の交通費を補助したいということで「緊急カンパ」(目標額50万円)をお願いしていますが、当日会場でのカンパと合わせて23日現在で約43万円のカンパが集まっているとの報告がありました。

ここまでが第1部で、今回は第2部として参加者が6~8人ぐらいのグループに分かれて、①自己紹介②どういうきっかけで本裁判の傍聴に来るようになったか③今後、傍聴者を増やすにはなにをしたらいいか、の3点について話し合うグループ・トークを行ないました。

初の試みでしたが、参加者の方からも「これまで傍聴に参加して、お互い顔は見たことがあるが、支援者同士が名前も何をしている人かもわらかなかったが、今回こういう取り組みがあって数人ではあるけれど、お互いに知り合えて非常に良かった」という感想の頂きました。各グループでどういう意見が出たのかについては、この取り組みの提案者であり、第2部を運営された原告団共同代表の萩原さんから別途報告してもらいますので、お楽しみに。

◆9/14 大飯原発差止訴訟の第12回口頭弁論の報告

9/14,大飯原発差止訴訟の第12回口頭弁論にご参加の皆様は,たいへんご苦労様でした。
傍聴席が一杯になり,私たちの運動と原発裁判への期待は堅調に推移していることが改めて明らかになりました。報告集会も盛会でした。

渡辺輝人弁団事務局長の話にもありましたが,脱原発の社会運動は裁判闘争,市民運動とも,大きな成果を得つつ着実に展開されていると言えます。引き続き奮闘していきたいと考えています。

・原告側裁判資料…早く届きましたので,デモ参加者に手渡しができ,傍聴席応募者にきちんと配付できました。
・デモ参加者…51名。いつもと同じ規模です。雨に降られず,助かりました。
・原告席参加…36名の原告の方に入っていただきました。
・傍聴席応募…120名で,抽選となりました。
・模擬法廷……30名の参加がありました。
・報告集会……多くの皆さまの参加で,質疑や意見交換ができました。

原告の陳述は,南丹市美山町にお住まいの栢下壽(かやした・ひさし)さんでした。避難計画について,実効性がないこと,地域の実業を把握していないことを主張。SPEEDIや安定ヨウ素剤の配付についても言及,原発事故が起きれば,世界に誇るべき美山町の自然が失われることを陳述しました。

弁護団からは,熊本地震に関連して基準地震動の問題,島崎邦彦元原子力規制委員会委員長代理の指摘に関しても,安全性が過小評価されていること,大飯原発にもあてはまることを主張しました(第23準備書面)。
また,これまでの原告側の主張に対して,被告関電が,反論をしないままになっている点を指摘して追及しました(第24準備書面)。