◆裁判官 様への訴え

【2016年12月26日,大阪高裁の4出入口で配付】

大阪高等裁判所 山下郁夫裁判長、杉江佳冶裁判官、吉川慎一裁判官 様

高浜原発運転差止め抗告審では
民意を大切にしたご判断をお願いします

1. 脱原発は民意、社会通念です

◆周知のように、各種の世論調査は、脱原発、原発再稼働反対の国民は60~80%であることを示しています。

◆原発を争点とした鹿児島県知事選挙(7月: 2人立候補)、新潟県知事選挙(10月: 4人立候補)では、それぞれ55.5%、52.2%を獲得した原発再稼働に慎重な知事が誕生しました。

◆原発の地元自治体住民も脱原発を願っています。
・昨年8月に愛媛県伊方町で、「伊方原発 50 km 圏内住民有志の会」が戸別訪問により実施した「はがきアンケート」(2488戸にはがきを配布し、881戸から回答を得た)では、原発再稼働反対51%、賛成27%、どちらとも言えない22%でした。

・去る12月18日、高浜原発に隣接し、事故の際、陸路で避難するには原発ゲート前を通らざるを得ない[地元中の地元」音海(おとみ:住民136人)地区の自治会は、高浜原発1、2号機の運転延長に反対する意見書を採択しました。新聞では(裏面、毎日新聞記事参照)、3、4号機の抗告審の結審が近いことに関連して、この採択が「考えてもらうのに良い時期だ」とする住民の意見も報道されています。

・私達「若狭の原発を考える会」は、毎月2回程度若狭全域の集落の隅から隅まで、脱原発を訴えながら、チラシの各戸配布(通称「アメーバデモ」)を行っていますが、私たちを応援して下さる方は多数あっても、非難される方はほとんどいません。すなわち、原発立地といえども、「隠れ脱原発派」が多数です。

2. 傲慢さに慣れ切った電力会社に緊張感をもって原発を運転する資格はありません

・電力会社にとって、原発再稼働は命運をかけた作業であったはずです。それにも拘らず、昨年8月に再稼働した川内原発1号機は、再稼働10日後に早速、復水器冷却細管破損を起こし、高浜原発4号機は、再稼働準備中の2月20日,1次冷却系脱塩塔周辺で水漏れを起こし、2月29日には、発電機と送電設備を接続した途端に警報が吹鳴し、原子炉が緊急停止しました。さらに、伊方原発3号機は、再稼働準備中の7月17日、1次冷却水系ポンプで水漏れを起こしました。これらの、再稼働を進める全原発で起こったトラブルは、原発の点検・保守や安全維持の困難さを示唆し、配管の腐食や減肉などの老化が進んでいることを示すとともに、傲慢で、安全性を軽視することに慣れ切り、緊張感に欠けた電力会社が原発を運転する能力・資格を有していないことを実証しています。

3. 原子力規制委員会の審査は無責任で、科学とは縁遠いものです

・田中俊一原子力規制委員会・委員長は、ことあるごとに、「あくまで科学的に安全上問題ないかを判断するのが我々の使命だ」と述べています。しかし、科学とは、実際に起こった事実を冷静に受け入れ、丁寧に調査し、検証・考察して、その上に多くの議論を重ねて、結論を導くものです。規制委員会の審査は、この過程を無視しており、科学とは縁遠いものです。まず、実際に起こった最も重大な事実は福島原発事故です。福島事故に関して、事故炉内部の詳細は今でも分からず、事故の原因究明が終わったとするには程遠い状態にあります。「科学」を標榜するのなら、福島事故の原因を徹底的に解明して、その結果を参照して、原発の安全性を議論・考察するのが当然です。大津地裁での運転差止め仮処分決定でもそのことを指摘していますが、規制委員会はこの指摘を無視しています。

・次に、最近起こった事実は、前述の川内原発1号機復水器冷却細管破損のトラブルです。このような細管破損は、他の原発でも起こっています。例えば、美浜原発2号機(1972年運転開始)では、1991年、蒸気発生器伝熱細管破断事故を起こし、日本で初めて緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動しました。また、2004年には、3号機(1976年運転開始)の二次冷却系復水系配管が破裂する事故が発生し、死者5名、重軽症者6名を出しています。これらの事故は、原発運転に伴って、配管材料である金属の脆化、腐蝕、疲労、減肉(げんにく:管の厚みが減ること)が進行していることを示しています。しかし、規制委員会の再稼働適合審査では、目視可能なケーブル、コンクリート、鉄筋など、簡単に点検や補修できる箇所については審査しても、点検が困難な冷却細管、点検・交換が不可能な圧力容器については、十分審査しているとは言えません。このように、調査や改修の困難な部分については手抜きする審査は、「科学的」に安全を保証するためのものではありません。

・一方、原発重大事故の主要要因の一つは地震ですが、その規模、発生する場所、時期の予測が至難であることは、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本・大分大震災が教えるところです。これらの大震災は「未知の活断層」に起因して発生しています。また、1つの地震が数百の余震を伴い、それによって被害が甚大になることも、これらの大震災が教えています。それでも、規制委員会はその教訓を生かそうとはしていません。日本のような地震多発地に原発があってはならないのです。

・ところで、科学の基本は実証ですが、規制委員会による審査のほとんどは、実験結果ではなく、コンピュータによる机上計算(シミュレーション)の結果に立脚しています。しかし、シミュレーションの結果は、計算概念(プログラム)と入力データに大きく依存しますので、計算概念が完全でなく、入力データが不適当であれば、大きな意味を持ちません。原発事故の推移をコンピュータシミュレーションできるほど現代科学は完璧ではありません。

・なお、川内原発、高浜原発、伊方原発の再稼働に伴って起こったトラブルは、老朽原発の再稼働にお墨付きを与えた新規制基準が極めていい加減な基準であり、規制委の審査が無責任極まりないことを物語っています。

4. 原発を動かせば、処理法も行き場もない使用済み核燃料、核廃棄物が溜まります

・原発を運転すると、核燃料の中に運転に不都合な各種の核分裂生成物が生成します。したがって、核燃料は永久に使用することは出来ず、一定期間燃焼させると、新燃料と交換せざるを得なくなります。そのため、使用済み核燃料がたまります。現在、日本には使用済み核燃料が17,000 トン以上たまり、原発の燃料プールと日本原燃の再処理工場(六ケ所村)の保管スペースを合計した貯蔵容量の73%が埋まっています。原発が順次再稼働した場合、数年後には満杯になります。

・国の計画では、全国の使用済み核燃料は六ケ所村に移送し、再処理して、ウラン、プルトニウムを取り出し、再利用することになっていました。しかし、再処理工場の建設はトラブル続きで、すでに2兆2千億円をつぎ込んだにもかかわらず、完成の目途は立っていません(危険極まりないこの工場の運転は不可能とも言われています)。日本原燃・再処理工場の一時保管スペース(容量3,000トン)の貯蔵量は、2012年9月で2,945トン(占有率は98%)に達しています。青森県は「現在一時預かりしている使用済み燃料は、再処理の前提が崩れれば、各原発に返すだけだ」と強調しています。

・福井県にある原発13基が持つ使用済み核燃料貯蔵施設の容量は5,290トンですが、その7割近くが3,550トンの使用済み燃料で埋まっています。高浜、大飯、美浜の原発が再稼働されれば、7年程度で貯蔵限度を超え、原発の稼働は出来なくなります。なお、使用済み核燃料貯蔵プールは脆弱で、冷却水喪失→メルトダウンの危険性が高いことは福島第1原発事故(4号機燃料プールから冷却水が漏れ、核燃料溶融の危機にあった)でも明らかになっています。(裏面につづく)

・一方、日本には、低レベルおよび高レベル放射性廃棄物が200リットル(L)ドラム缶にしてそれぞれ約120万本および約1万本蓄積していますが、その処分は極めて困難で、永久貯蔵はおろか中間貯蔵を引き受ける所もありません。

数万年を超える長期の保管を要する使用済み核燃料、放射性廃棄物の蓄積の面からも、原発は現代科学技術で制御できる装置でないことは明らかです。

5. 原発は経済的にも成り立たない装置です

・12月9日、経済産業省は、東電福島第1原発の廃炉、賠償などの事故対策費用が、燃料デブリ(溶け落ちて固まった核燃料)の取り出し作業や除染作業の困難さ、賠償費の見込み違いにより、従来想定の11兆円から21兆5千億円に倍増することを公表しました。廃炉にとって、デブリ取出しは当然の作業であり、十分な賠償は東電や国の責任であるにもかかわらず、その経費の想定を誤った彼らの杜撰さは許されるものではありません。なお、原発の廃炉費は、原発を持つ電力会社が自社の電気料金収入からまかなうのが原則で、福島第一原発も例外ではありませんが、9日に示された金額はその域を大きく超え、東電や政府は新たな国民負担(電力料金に添加、税金の投入など)を求めています。4月の電力自由化で参入した「新電力」にも負担を求めるとしています。

・ところで、本年度の日本の税収は約58兆円ですが、これに比べても、20数兆円の事故対策費が国民の大きな負担であることは明らかです。それでも、政府、規制委員会、電力会社は、原発の再稼働に躍起です。もし、次の原発重大事故が若狭で起これば、100 km 圏内にある京都府、滋賀県の全域、大阪府のかなりの部分、1,450万人の水源・琵琶湖が汚染されかねません。福島事故では、50 km 離れた飯舘村も全村避難でした。このことを考え合わせれば、若狭の原発事故では、数百万人が避難を強いられ、故郷を失う可能性があります。被曝なしでの避難は、到底不可能で、事故対策費は数百兆円を超えるとも考えられます。そうなれば、国の経済は疲弊し、国民の生活が蹂躙されます。

・原発を運転すれば、長期にわたる保管や困難を極める処理(現在は有効な処理法はない)に膨大な費用(現時点で、予測不能)を要する使用済み核燃料や放射性廃棄物が蓄積し、人々に大きな負担を強いることは自明です。

6. 原発は、人の尊厳、生存の権利を蔑(ないがしろ)にします

・電力会社、規制委、政府は、一旦重大事故が起これば、多くの人を傷つけ、人命を奪い、故郷を奪う原発の再稼働を進めようとしています。これは、彼らが人の尊厳、生存の権利を犠牲にしても、経済的発展を優先させようと、暗に考えているからです。このような、原発推進者の非人間的な考え方は、福島からの避難指示解除の姿勢に如実に表れています。

・政府は、避難に関して、1年間の空間放射線量が20ミリシーベルト/年(mSv/y)以下になった地域の避難指示を解除し、避難者に帰還を強要しています。この線量は、日本の空間線量の平均値0.28 mSv/yの約70倍であり、チェルノブイリの移住義務基準5 mSv/yに比べても極めて高いと言えます。また、避難指示が解除された地域の電気、ガス、水道、交通網などの生活基盤の整備や、医療、介護などの生活関連サービスも復旧したとするには程遠い状態にあります。したがって、帰還の意志のある住民は少数にとどまり、ほとんどが高齢者です。今後、各世帯で分担してきた消防団活動、共同墓地の手入れなどの共同作業の担い手が不足し、後継者不足で地域が成り立たなくなることは明らかです。このような状況でも、強引に帰還を進めようとする政府は、帰還に応じない人への支援の打ち切りの恫喝も行っています。一方、福島県は、政府の意を受けて、自主避難者支援の打ち切りを決定しました。何れも、東電や政府の賠償負担や生活支援支出の軽減のためであり、責任回避のためです。人々の安全や生活の安寧を優先する考えは、いささかもありません。

・政府の避難解除にあたっての姿勢は、自然災害の場合と変わらず、住民は原発事故という電力会社、財界、政府が一体となって引き起こした人災によって避難を強いられているという視点はありません。本来、原発を推進した政府や原子力ムラに、避難解除をうんぬんする資格はありません。彼らは、事故の責任の重さを噛みしめ、誠意ある償いに専念すべきです。避難解除を決定するのは、あくまでも住民でなければなりません。しかし、政府は、住民の声を聴く前に、彼らの避難区域解除案(来年3月末解除)を既定路線として新聞発表するなど、住民切り捨ての態度に終始しています。

このような非人道的な事態を生じさせたのは原発です。

原発は人が動かしているのですから、人が決意すれば、原発をとめることが出来ます。

原発が無ければ、避難を強いられることもありません。

私たちは、司法の良心を信じています
原発再稼働を許さないで下さい

若狭の原発を考える会(連絡先・木原壯林 090-1965-7102)

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◆12/14原発賠償 京都訴訟第20回期日の御礼と報告

12月14日の京都訴訟第20回期日の報告です。長文、ご容赦ください。
(原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会事務局の上野益徳さんから)

◆1日の流れ

予想した通り、これまでで最高の140人の方が傍聴に集まってくださいました。抽選に外れた時点で帰られた方もおられ、事務局で用意した「抽選で外れた方はこちらに」という案内の下に集まった方が20名ほど。当たった方のうち「午後は残れない」という方が、事務局で把握できた限りで6~7人という状態でした。

外れた方には、午後から空く席は10以下であることを知らせ、それでも再度チャレンジしたい方は12時45分までに弁護士会館の地階大ホール(食事場所として確保)に集合するよう告げ、いったん解散していただきました。

10時15分開廷。今回証言台に立ったのは、①避難指示区域から避難した福島さん②家族分離での避難となった吉野さん③家族全員で避難した菅野さん④避難指示区域外から避難者した川﨑さんの4人。原告本人尋問は
、それぞれの代理人からの質問に答える形で進行しました。

吉野さんへの主尋問が終わったところで、いったん昼休み休廷となりました。法廷を出たところで、事務局スタッフが「帰る方の傍聴券を回収しています」という紙を掲げ、傍聴券を回収した結果、その時点で帰られたのはわずか7名でした。

弁当を持参したり、パンなどを買って来られた傍聴者の方は弁護士会館の地階大ホールに移動。なかには、自分が食べる以上のおにぎりやおかずを持ってこられた方もおられ、和気あいあいと昼ご飯を食べておられるテーブルもありました。

12時45分までに傍聴券を希望して集まられたのは13名。7枚の傍聴券より多いので抽選となりました。抽選方法は、まず集まられた方々に整理券をお渡しします。渡した番号と同じ番号を抽選箱に入れ、そこから7枚抜き取り、出てきた番号を持っておられる方が当選となります。前回の期日報告集会でお渡ししたメモに「13時までに集合ください」と書いていたため、抽選後に来られた方が3人ほどおられました。前回期日の後、部屋を13時に返さなければいけないなどの事情で、直前の事務局からのメールでは「12時45分」とお知らせしたのですが、伝わらなかった方には大変申し訳ないことをしました。

13時10分から再開。吉野さんへの反対尋問と残る2人への尋問が行われました。16時30分閉廷の予定でしたが、かなり時間オーバー。それでも途中で帰る人はほとんどなく、最後まで傍聴席から原告に応援の〝気〟を送り続けました。

◆原告本人尋問

原告の証言にはプライバシーに関わる問題も含まれるため、詳細な報告は控えさせていただきますが、4人の原告は、避難を決意した理由について

「新聞でプルトニウムが検出されたという記事を読み、メルトダウンしていると判断したから」、
「子どもの健康被害と不安を取り除くため。東電と国からの情報に対する不信感があった」、
「10月に米国が出した勧告。原発から80キロ以内に1年以上住んではいけないというもの」、
「行政の情報は信用できなくなっていたので、自分の判断で決めた」
などと証言。

いまも戻らない理由については
「事故が収束していないから」、
「今年の夏に実家の線量を測ったら0.16μSV/hだった」、
「除染が終わっている所(森合公園内)でも、地上10センチでは1.21μSV/時あった。これは放射線管理区域の2倍以上だ」、
「事故前のきれいな状態に戻ってない」、
「最近弁護団が家の近くの土壌を調べたら1700ベクレル/㎏(換算すると約11万ベクレル/㎡)。とても戻れないと思った」
などと毅然と証言し、傍聴席を埋めた支援者に感動を与えました。

被告側代理人による反対尋問は、証言や陳述書における数字や日付の間違いなど当然の指摘を除くと、以下のような質問が目立ちました。

・「だれそれさんの話を聞いて避難しなければと思った」という類の証言に対して、「その人は放射能の専門家ですか?」と質問
→「放射能の専門家」以外の人の話は科学的な根拠がないという印象を与えるのが狙い。

・健康被害の症状について、医者に行ったかとか診断書はあるかと質問
→「行ってない」とか「診断書はない」と答えれば、証拠にはならないと印象づけるため。

・診断書には放射線が原因と書いてあるかとの質問
→診断書がある場合に、その効果を打ち消すためにあえて質問してくる感じ。

・自分でデータを調べたりしていた人に、事故前から反原発の活動をしていたかという質問
→そういうことをする人は特定の思想を持っていると印象づけたいのか。

・周囲で避難した人はいたかという質問
→「いない」という答えを引き出し、避難した方が特殊だと印象づけるため。

・両親や家族が残った場合は、なぜその人たちは避難しなかったのかという質問
→これも、避難しないと考える人の方が普通で、避難した方が特殊だと印象づけるため。

・市の広報紙に放射線量が出ているが、見ているかという質問
→線量は下がってきており、もはや避難を続ける理由はないと印象づけるため。

これらの質問は意図が見え見えで、あまり成功していたようには思えませんでした。

*なお、支援する会共同代表の平信行さん(京都「被爆2世・3世の会」代表世話人)から傍聴記(感想文)を投稿していただいたので、あとで流します。そちらをぜひご覧ください。

1月13日(金)の原告本人尋問、1月27日(金)と2月17日(金)の専門家証人尋問までは、今回のような傍聴が続くことが予想されます。わざわざお出かけいただいて午前・午後とも抽選に外れた方には大変申し訳ありませんが、なにとぞご理解ください。

◆12/7原発賠償 京都訴訟第19回期日の御礼

支援する会事務局の上野と申します。

原発賠償京都訴訟第19回期日は残念ながら抽選にはなりませんでしたが、あまった傍聴券は2枚、ほぼ満杯状態でした。一週間後にまた期日が控えていること(しかも原告本人尋問)を考えれば、よく集まっていただけたものだと感激しました。

法廷では、双方から提出書類の確認だけで、今回は原告側のプレゼンはありませんでした。次回(12月14日)は4人の原告に対する本人尋問を行なうことが正式に決まりました。

報告集会では、次回から原告本人尋問があるということを踏まえて、最初に報告集会に参加した11名の原告全員が壇上に登り、一言ずつ思いや決意を述べました。参加した原告全員が登壇したのは初めてのことで、私は写真を撮ることに集中したので、一人ひとりの発言をメモできませんでしたが、「みなさんの支援に感謝している。本人尋問は頑張る」、「東電や国への怒りを抑えるのに必死だが、できるだけ冷静に対応したい」、「最近福島市の実家に帰ってきたが、事故前の状態は戻らないと改めて感じた。避難することの大切さを裁判官に伝えたい」などの発言がありました。それぞれ証言台に立つことに不安を感じていると思いますが、ここまで来て負けるわけにはいかないという「静かな闘志」が感じ
られました。

原告の決意表明を受け、関西訴訟原告の菅野副代表から連帯の挨拶をいただいたあと、支援者を代表して西川生子さんと池村奈津子さんから、「避難生活それ自体がしんどい中で、裁判の原告として国と東電を闘っておられる姿には頭が下がります」、「最後まで支援していきます」という趣旨の激励の挨拶をいただきました。「鬼敦(おにあつ)」と一部で呼ばれている(自称している?)共同代表の福島さんの目には涙が光っていました。

そのあとはジャズピアニストの河野康弘さんによる原告団激励ミニコンサート。大ホールにはピアノがないため、今回は本業のピアノ演奏ではなく、ギターを伴奏しながら歌を披露していただきました。曲目は「イマジン」、「ふるさと」、「ウィー・アー・ザ・ワールド」など。

報告集会が終わったあと原告はそのまま原告団総会。支援者は昼食をとるため、いったん解散し、2時半に四条河原町のマルイ前に集合し、街頭署名集めを行ないました。今回は原告の参加は2人だけでしたが、16名の支援者が集まり、1時間署名を集めました。いまが就学旅行の時期なのか、鹿児島市、福岡市、新潟市などから来た高校生の集団が署名に興味を示してくれ、まとまった署名がとれました。お蔭で前回よりも少ない人数で、1.5倍の158筆(現地で発表した数には誤りがありました)の署名が集まりました。街頭署名行動は、原告と支援者が一体感を感じながら裁判への支援を訴えることができる有意義な行動だと改めて感じました。

14日の第20回期日からは、朝から夕方までの長丁場の裁判になります。これまでの期日では、傍聴席に入る際に傍聴券を回収されていましたが、次回からは回収しないことになりました。昼休み休廷で帰られる方の傍聴券をこちらがうまく回収できれば、午後から参加の方に渡すことができます。1日いけるという方、午前だけ、午後だけという方をうまく調整して、1日中満杯に近い状態が作れたらと考えています。後日、もう一度連絡させていただきますので、お忙しい中ではありますが、傍聴をお願いします。