◆[原発賠償京都訴訟]5/20市民の集いの報告,5/26傍聴要請

支援する会の皆さま
原告の皆さま
(2017年5月23日)

暑くて、青いまぶしい空の日々ですね。原告の福島敦子です。

  • 20日の午前中は原告団総会、午後からは支援する会の総会および市民の集いへ、多くの方がご参加くださいましたことに感謝申し上げます。
  • 午後は、立命館大学教授の吉村良一先生の『群馬訴訟判決の評価と各地の集団訴訟の争点』と題した講演と田辺弁護団事務局長の『京都訴訟の勝利に向けて』の講演がありました。
    約50名の参加者で最後の質疑に至るまで活発な意見交換が行われました。
    MLに投稿してくださる皆さまの内容とともにぜひ読んでくださいませ。
  • 吉村先生のお話は、30以上の原発賠償の集団訴訟の中で、群馬訴訟を中心に過去の公害訴訟の判例も盛り込んだ内容の濃いしかしながら共同代表の私には大変重いお話でした。
    要点を記述いたします。
  • 判決は、国と東電の連帯責任を認めた。長期評価が作成された平成14年7月31日から数か月後には敷地地盤面の高さを超える程度の津波が予見可能だったとした。(これは田辺先生も強く訴えている部分であります)
  • 原告の侵害された平穏生活権については、避難行動を生活の本拠の移転といい、「自己実現に向けた自己決定権」を中核としてとしながらも肯定している。
  • しかし、もともと賠償金は低く算定されがちな判例が多い中で、この裁判でもADRでの賠償額が算定から差し引かれ、多くの原告の請求が棄却されたことについて吉村先生は残念だと話されました。
  • また、「自己決定権」について、避難を強いられたことが自己決定権の侵害となると中心に置かれ、低線量被ばくの身体的な影響は加味されず、区域内避難者よりも精神的にも大変な区域外避難者の方が重く受け止められるべきなのに避難者の差が出てしまった、と話されました。
  • 水俣や、薬害の裁判を引き合いに、裁判は限界があり被害者全ては救われない、裁判は通過点であり、先にあるのは施策にいかに結び付けていくかだと強調されました。(河原さん、堀江さん、福島は寝ていないですぞ)
  • 吉村先生には、またぜひ勉強の機会を与えていただきたいなと思いました。
  • 田辺先生も、大変明瞭に京都訴訟の進み具合や意義をお話しくださりました。
    ・訴訟の目的:真相究明、再発防止、被害回復、そして避難の正当性を社会に知らしめること!
    ・京都訴訟で、専門家証人を行い、低線量被ばくの健康における影響を掘り下げた!
    ・世論の形成・よい判決をとり続け、法廷を熱気で満たし、正しい情報を発信し続けること
  • 最後に、共感を得る説明の大切さを伝えてくださいました。『福島(や近隣都県)』の支援、『避難者』の救済は矛盾しない!
  • さて、26日金曜日は、期日です。本人尋問に9名の原告が法廷に立ちます。10時15分開廷。9時35分から50分まで傍聴券配布。
    皆さまの熱いご支援よろしくお願いいたします。そして、原告さんは最後まで仲間を原告席から見守りましょう!!

今日も一日、よい日で。

福島敦子

◆重大事故の不安のない社会を!

【2017年5月19日,京都キンカンで配布。高浜原発4号機再稼動前に若狭でのアメーバデモでも配布】

現在科学技術で原発の安全確保、
使用済み燃料の処理は不可能です。
原発は、経済的にも成り立たない装置です。

福島原発事故以降の経験は、原発はなくても
電気は足りることを実証しました。

高浜原発の再稼働を許さず、原発を全廃して、
重大事故の不安のない社会を目指しましょう。

◆3月28日、大阪高裁は、高浜原発3.4号機の運転停止仮処分の抗告審で、関電の主張のみを追認し、高浜原発運転差止め決定をくつがえしました。圧倒的多数の脱原発、反原発の民意を踏み躙る決定です。関電の主張では、原子力規制委員長までもが「安全を保証するものではない」と言う“新規制基準”を「安全基準」とし、原発に「絶対的安全性を求めるべきではない」とし、「原発は安全であるから、“新規制基準”に避難計画は不要」としています。「新しい安全神話」を作ろうとするものです。関電や原発産業の利益のために、人の命と尊厳をないがしろにするものです。

◆今、ほとんどの世論調査で、脱原発、反原発の声は原発推進の声の2倍を超えています。国際的にも、イタリア、ドイツに続いて、リトアニア、ベトナム、台湾が脱原発を決意し、アメリカも原発縮小に向かっています。それは、スリーマイル島、チェルノブイリ、福島の大惨事を経験して、原発は、科学技術的に人類の手に負えるものでなく、経済的にも成り立たないことを悟ったからです。

関電は、大阪高裁の決定を受けて、高浜原発4号機を5月17日、3号機を6月上旬に再稼働させようとしています。これらの原発は、約31年を経過した老朽原発で、しかも、事故の可能性が高いウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)を燃料としています。再稼働を許してはなりません。

原発は、現代科学技術で制御できない(そう考える根拠)

高浜原発再稼働の風雲が急を告げる今、原発は現代科学技術で制御できず、人類の手に負える装置でないと考える理由を以下のように整理してみました。ご参考にされて、原発について考えていただければ幸いです。

1. 核反応エネルギーは化学反応エネルギーの100万倍

◆人類の生存している環境は化学反応で維持されています。この化学反応はeV(エレクトロンボルト)という単位のエネルギーのやりとりによって生じます。例えば、石油を燃すと最高で数1000℃を得ることが出来ますが、これがeVの世界です。生物の体内で生じる化学反応はさらに低いエネルギーで進み、生体内反応の多くは0.1 eV 以下の世界です。すなわち、100℃までの世界です。したがって、100℃を越えて生きる生物はまれです。

◆一方、核反応ではMeV[M(ミリオン)=100万)]という単位のエネルギーがやりとりされます。例えば、プルトニウムは約4 MeVのエネルギーを持つアルファ線を出しますが、原理的には、これによって数100万℃以上の温度が得られます。これがMeVの世界です。

◆このことは、核反応1反応によって100万に近い化学反応が生じることを意味します。核反応は爆発的に起こり、化学反応によって簡単に制御できない理由です。したがって、原子炉は大量な水で冷やし続けなければならず、水がなくなると、あっという間に核燃料や原子炉構成材料が溶融します。体内に取り込まれた放射性物質から出る放射線による内部被曝では、1000万に近い体内の化学結合が切断されることになります(実際には、核反応エネルギーの一部しか結合切断に使われないので、もっと少ない)。

◆以上のような理由で、核反応エネルギーを閉じ込めて置くことは極めて困難です。一つ間違えば、大惨事になります。原発の重大事故時には、膨大なエネルギーに起因する熱(核反応熱;核分裂で出る熱、崩壊熱;放射線を出して別の物質に変わるときに出る熱)によって核燃料や被覆材などの原子炉材料が溶融し、水素ガスの発生・爆発あるいは水蒸気爆発(高温での水の爆発的蒸発)を引き起こし、大惨事(メルトダウン、メルトスルー)に達しかねません。

◆化学反応エネルギーでは、このような事態にはなりません。

2. 原発事故の特徴;瞬時に進行し、時間的にも、空間的にも通常事故とは桁違いに深刻な被害

◆前項で述べましたように、核反応は膨大なエネルギーを出しますので、原発で冷却水が途絶えると、瞬時に(火災などとは比較にならない速度で)重大事故に至ります。そのように瞬時に進行する事故への対応は至難で、進み始めた事故を止めることは極めて困難です。例えば、海水の原子炉への大量注入は何千億円もする原子炉を使用不能しますが、重大事故に際して、海水の大量注入行ってメルトダウンを防ぐ判断を会社の上層部や政府に仰いでいる暇はありません。事態を把握し、議論している間に、原子炉が深刻で取り返しのつかない状況になるからです。なお、今までの全ての重大事故では、事故を深刻でないとする判断(願望も含めて)を行い(例えば、計器の指示ミスと判断)、事態をより深刻にしています。

◆放射性物質による被害は長期におよびます。火事は長くても数十日で消火できますが、放射性物質は、半減期に従って消滅する[放射線を出して他の物質(核種)に変わる]まで放射線とそれによる熱を発生し続けます。代表的な放射性物質の半減期は、プルトニウム239で2万4千年、ネプツニウム237で214万年、セシウム137で30.7年、ストロンチウム90で28.8年、ヨウ素131で 8.02 日です。放射性物質は、1半減期で1/2に、半減期の10倍で約1/1000、13.3倍で約1/10000、20倍で約1/100万に減少します。例えば、プルトニウム239を1/10000に減少させるには約32万年かかります。それでも、安全なレベルになるとは限りません。なお、半減期の短い物質は早く崩壊しますから、物質の量が同じであれば、時間当たりにすれば、多くの放射線を出します。

◆放射性物質による被害は長期におよびますから、原発事故では長期の避難を強いられ、住民は故郷を奪われ、家族のきずなを断たれ、発癌の不安にさいなまれます。通常の災害では、5年も経てば、復興の目途はある程度立ちますが、原発事故は、生活再建の希望も奪い去ります。福島事故では、4年経った1昨年から、絶望のために自ら命を絶たれる避難者が急増していると報道されています。

◆放射性物質は長期にわたって放射線を出し続けますから、高放射線のために事故炉の廃炉は困難を極めます。また、放射線による熱発生のため、冷却水が途絶えると、核燃料が再溶融し、再び核分裂を始める可能性もあり、長期間冷却水を供給し続けなければなりません。福島原発では、事故から6年経っても、溶け落ちた燃料の位置も一部しか分かっていません。完全廃炉には、50年以上を要するとの見解もあります。

◆重大事故によって放出された放射性物質は、事故炉近辺を汚染させるだけでなく、風によって運ばれた後、雨によって降下するのですから、汚染地域は極めて広範囲に広がります。福島事故でも、約50 km 離れた飯舘村も全村避難になり、約200 km 離れた東京や千葉にも高濃度の放射性物質が降下しました。チェルノブイリ事故では、日本でも放射性物質が検出されています。海に流出した放射性物質は海流に乗って広範囲の海域を汚染します。福島の放射性物質はアメリカ西海岸にも到達しようとしています。
若狭の原発の重大事故では、関西はもとより、中部、関東も高濃度放射線で汚染される可能性があります。汚染水は日本海にたれ流されますが、日本海は太平洋に比べて比較にならないほど狭い閉鎖海域ですから、極めて高濃度に汚染されます。若狭湾の汚染はさらに深刻です。

3. 原発は、長期保管を要する使用済核燃料、放射性廃棄物を残す

◆原発を運転すると、核燃料の中に運転に不都合な各種の核分裂生成物が生成します。したがって、核燃料を永久に使用することは出来ず、一定期間燃焼させると新燃料と交換せざるを得なくなり、そのため、使用済み核燃料がたまります。現在、日本には使用済み核燃料が17,000 トン以上たまり、原発の燃料プールや六ケ所村の再処理工場の保管場所を合計した貯蔵容量の73%が埋まっています。原発が順次再稼働した場合、数年後には満杯になります。使用済み核燃料を消滅させる方法はありません。

◆ところで、国の計画では、全国の使用済み核燃料は再処理して、ウラン、プルトニウムを取り出し、再利用することになっていました。しかし、再処理工場の建設はトラブル続きで、すでに2兆2千億円をつぎ込んだにもかかわらず、完成の目途(めど)は立っていません。危険極まりないこの工場の運転は不可能と言われています。

◆福井県にある原発13基が持つ使用済み核燃料貯蔵施設の容量は5,290トンですが、その7割近くがすでに埋まっています。高浜、大飯、美浜の原発が再稼働されれば、7年程度で貯蔵限度を超え、原発の稼働は出来なくなります。なお、使用済み核燃料貯蔵プールは脆弱(ぜいじゃく)で、冷却水を喪失し、メルトダウンする危険性が高いことは、福島第1原発4号機の燃料プールから冷却水が漏れ、核燃料溶融の危機にあった事実からでも明らかです。

◆一方、日本には、低レベルおよび高レベル放射性廃棄物が200リットルドラム缶にしてそれぞれ約120万本および約1万本蓄積されていますが、その処分は極めて困難で、永久貯蔵はおろか中間貯蔵を引き受ける所もありません。

◆数万年を超える保管を要する使用済み核燃料、放射性廃棄物の蓄積の面からも、原発は全廃しなければなりません。

4. 高浜原発の重大事故では、若狭のみならず、京都、滋賀の全域も故郷を失う可能性が大

◆高浜原発から50 km圏内には、京都市、福知山市、高島市の多くの部分が含まれ、100 km圏内には、京都府(人口約250万人)、滋賀県(人口約140万人)のほぼ全域、大阪駅、神戸駅を含む大阪府、兵庫県のかなりの部分が含まれます。このことと福島原発から約50 km離れた飯舘村が全村避難であったことを考え合わせれば、高浜原発で重大事故が起こったとき、500万人以上が避難対象となる可能性があり、避難は不可能ですが、政府や自治体が行う避難訓練では、そのことが全く考えられていません。この圏内には琵琶湖があり、1,450万人の飲用水の汚染も深刻な問題です。さらに、避難訓練には、原発事故での避難は極めて長期に及ぶ(あるいは永遠に帰還できない)という視点がありません。福島およびチェルノブイリの事故では、今でも避難された10数万人の大半が故郷を失ったままです。

◆昨年8月27日に高浜原発から30 km圏の住民179,400人を対象にして行われた避難訓練は、最大規模と言われながら、参加者数は屋内退避を含めて7,100人余りで、車両などでの避難に参加したのはわずか約1,250人でした。それも県外への避難は約240人に留まりました。この規模は、重大事故時の避難の規模とはかけ離れた小ささです。車道などが使用不能になったことを想定して、陸上自衛隊の大型ヘリによる輸送訓練も予定されていましたが、強風のために中止されました。また、悪天候のため、船による訓練は全て中止されました。老人ホームなどへの事故に関する電話連絡は行われましたが、実際行動の必要はないとされました。

5. 高浜原発3,4号機は、危険極まりない老朽原発(31~32年を経た原発)

◆原発は事故の確率が高い装置ですが、老朽化すると、重大事故の確率が急増します。次のような理由によります。

◆原発の圧力容器、配管等は長期に亘って高温、高圧、高放射線にさらされているため、脆化(ぜいか:金属が軟らかさを失い、硬く、もろくなること)、腐食(とくに、溶接部)が進んでいます。中でも、交換することが出来ない圧力容器の脆化は深刻です。事故時に原子炉を急冷すると、圧力容器が破裂します。電気配線の老朽化も問題です。

◆老朽原発には、建設時には適当とされたが、現在の基準では不適当と考えられる部分が多数あります。しかし、全てが見直され、改善されているとは言えません。例えば、地震の大きさを過小評価していた時代に作られた構造物、配管の中で交換不可能なもの(圧力容器など)です。

◆老朽原発では、建設当時の記録が散逸している可能性があり、メンテナンスに支障となります。また、建設当時を知っている技術者はほとんど退職しているので、非常時、事故時の対応に困難を生じます。

今、原発は動いていないけれども、電気は足りています。
重大事故の危険性をおかして
運転するのは愚の骨頂です。電力会社の金儲けのためです。

原発事故は自然災害とは異なります。
自然災害を止めることはできませんが、
原発事故は止められます。
原発は人が動かしているのですから、
人が原発全廃を決意すれば良いのです。

原子力防災とは、避難計画ではありません。
不可能な避難を考えるより、
事故の原因である原発を廃止することです。
原発全廃こそ原子力防災です。

重大事故が起こってからでは遅すぎます。
原発全廃の行動に今すぐ起ちましょう!

若狭の原発を考える会(連絡先・木原壯林 090-1965-7102)

前のページに戻る

◆5/17 高浜原発3,4号機再稼働に反対する申し入れ書

関西電力株式会社
取締役会長  八木  誠 殿
取締役社長  岩根 茂樹 殿
高浜発電所長 宮田 賢司 殿

高浜原発3,4号機再稼働に反対する申し入れ書

福島原発事故から6年経ちましたが,事故炉内部の詳細は未だに分からず,汚染水は垂れ流され続けています。避難者は家族のきずなを断たれ,生活再建の目途が立たず,癌の苦痛,発癌の不安にさいなまれています。多くの方が事故に関連して亡くなられました。絶望の末,自ら命を絶たれる方が,事故から4年経った一昨年から急増していると報道されています。

このような状況を反映して,今,脱原発は民意となっています。最近のほとんどの世論調査でも,脱原発の声は原発推進の声の2倍以上です。高浜原発の地元中の地元・高浜町音海地区でも原発運転反対の決議が上っています。

一方,東芝破綻の例を挙げるまでもなく,原発は,事故対策費や使用済み核燃料の処理・処分費を考えれば,経済的にも成り立たないことは明らかです。

したがって,国際的にも,イタリア,ドイツに続いて,リトアニア,ベトナム,台湾が脱原発を決意し,アメリカも原発縮小に向かっています。

それでも,あなた方・関西電力は,原子力規制委員長までもが「安全を保証するものではない」と言う“新規制墓準”を“安全基準”と主張し,これに適合したから高浜原発は安全として,その再稼動の手続きを進めています。

あなた方・関西電力は,昨年2月の高浜原発4号機再稼働時に1次冷却系で水漏れを起こし,発電機と送電設備を接続した途端に原子炉が緊急停止するトラブルを起こし,今年1月にはクレーンを燃料プール建屋上に倒壊させ,また,関連会社はヘリコプターから資材を落下させる事故を2度も起こしています。この事実は,安全性を軽規することに慣れ切り,緊張感に欠けた関西電力が原発を運転する能力・資格を有していないことを実証しています。あなた方は,このような電力会社の体質が福島の事故を生じさせたことを真摯に反省し,再稼働を即時断念すべきです。

ところで,若狭の原発で福島級の重大事故が起これば,若狭や京都,滋賀の北都はもとより,京都府,滋賀県の全域,関西のかなりの部分が放射性物質にまみれる可能性があります。この地域の500万人を超える住民が避難対象になりかねません。避難は不可能です。

原発が無くても電気は足りることは,福島事故以降の経験が教えています。不要な原発を稼働させて,事故のリスクにおびえる必要はないのです。あなた方が原発を動かすのは,人の尊厳,生存の権利を犠牲にしても,経済的利益を優先させよう考えているからです。金儲けのために原発を動かすのは,倫理に反します。私たちほ,事故の不安なく,安心して生活できる社会を求めます。

あなた方は,4号機を今日17日,3号機を6月上旬に再稼働させると報道されています。

原発は,事故の確率の高い,人類の手に負えない装置です。二度と福島のような事故を起こさないために,再稼働の断念と,全ての原発の即時廃炉を求めます。あなた方が,あくまで再稼働を進めるならば,私たちは,あらゆる手段で,粘り強く全原発の廃炉まで闘うことを宣言します。

2017年5月17日
「5・17高浜原発うごかすな!現地集会」参加者一同
(連絡先;090-1965-7102若狭の原発を考える会・木原)

◆5/17 高浜原発再稼動阻止、緊急行動について

原発再稼働阻止、原発全廃のためにご奮闘の皆様(5/13 メール配信)

4月27日の「高浜原発うごかすな!関電包囲全国集会」(700名参加)と御堂筋デモ(大阪)、5月7日の高浜原発ゲート前行動(350名参加)、「高浜原発うごかすな!現地集会」(400名参加)、高浜町内デモ(高浜町)、5月8日~12日の高浜~福井を結ぶリレーデモ(延べ400名参加)、5月12日の「高浜原発うごかすな!福井集会」(福井市:120名参加)では、多大なご支援を頂き、また、多くの方がご参加いただき、ありがとうございました。

これらの行動を通して、「高浜原発うごかすな!」の声は、圧倒的多数であることを実感し、再確認もできました。この声が顕在化していないのは残念ですが、今後、原発全廃運動が拡がれば、必ずや顕在化するであろうと予感させられました。

それでも、関西電力は、脱原発・反原発の民意を踏み躙って、31年越えの老朽原発で、かつ、危険極まりないプルサーマル原発・高浜4号機を、5月17日にも再稼働させようとしています。

関電は、原子力規制委員長までもが「安全を保証するものではない」と言う“新規制基準”を「安全基準」とし、原発に「絶対的安全性を求めるべきではない」とし、また、「原発は安全であるから、“新規制基準”に避難計画は不要」としています。「新安全神話」を作ろうとするものです。このような、自社の利益のために、人の命と尊厳をないがしろにしても原発を動かそうとする関電の姿勢を許してはなりません。

私達「若狭の原発を考える会」は、高浜原発再稼働阻止を勝ち取るために、次の行動を呼び掛けています。

5月17日(水)、正午に高浜原発北ゲートの奥の展望所に集合し、13時からデモ行進で北ゲートに向かい、同ゲート前で、17時30分まで、高浜原発再稼働の企みへの断固とした抗議行動を展開します。この時間内に、関電への申入れも計画しています。

この行動によって、高浜原発3、4号機再稼働反対の大きな声をあげ、関電。規制委、安倍政権の原発推進の野望を打ち砕きたいと考えています。17日には、是非多数の方がご参加下さるようお願いたします。(当日は、京都、滋賀からも配車します、ご参加ご希望の方はご連絡ください。)

一方、中島哲演さんは、15日10時より関電本店前で3日間の断食抗議を行われます。電発電力を使い続けた私たち関西の住民は、反省の意も込めて連帯したいと思います。1食だけでも断食して、「高浜原発うごかすな!」の声をあげましょう。

なお、4月27日~5月12日の行動は、「原子力発電に反対する福井県民会議」の呼びかけで多くの団体が参加した「高浜原発うごかすな!実行委員会」が主催しましたが、17日は、緊急行動ですので、「若狭の原発を考える会」が呼びかけることにしました。

「若狭の原発を考える会」・木原壯林(090-1965-7102)

◆5/12 原発賠償 京都訴訟第27回期日の御礼と報告

原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会事務局の上野と申します。

昨日(5月12日)に行なわれた原発賠償京都訴訟第27回期日の報告です。長文、重複、共にご容赦ください。

今回は、抽選こそありませんでしたが、ちょうど発行した整理券の数が聴席数と同じとなり、無事満杯になりました。また、前回と違い、午後からも代理人席、原告席、傍聴席とも午前中とほぼ同じくらい埋まったままでした。参加されたみなさま、お疲れ様でした。

また、午後から4人の託児希望があり、前回と同じ託児スタッフのみなさまに引き受けていただきました。託児スタッフのみなさま、本当にお疲れ様でした。

今回証言に立ったのは7名(うち1名は、高齢のお母さんの代理人として2世帯分証言)でした。
◇郡山市から避難した女性は、父と自分は先天的に白血球が少なく、チェルノブイリに調査に入った人の話を聞いたこともあり、健康被害を懸念して避難を決めた。父が認知症だったので母親に任せるわけにはいかないため、高齢の両親も一緒に避難した。最初は「あなたたちだけで避難しなさい」と言っていた母だが、避難後には「窓を開けて洗濯物が干せて、食べ物も安心して食べられる」と喜んでくれた。環境が激変したこともあり父の認知症は進み、こちらで亡くなった。チェルノブイリでは被爆者手帳のような施策が行なわれている。わが国でもしっかりと責任をとり、必要な施策を講じてほしい、と訴えました。

◇福島市から避難した女性は、事故当時は放射線の知識がなかったのでネットで調べて、放射線管理区域というものがあることを知った。当時の福島市は3~5μSv/hあったので、長く居るのは危険じゃないかと思った。夫は住宅や車のローンが残っていて仕事を辞められず、長女は「友だちと離れたくないし、祖父母を置いて行けない」というので、下3人の子どもと一緒に母子避難した。夫との関係や生活費の負担もあり、子どもの学校のタイミングで帰らざるを得ないと思っている。国は法律できまっていることを守ってほしい、と訴えました。

◇福島市から避難した女性は、事故後、外気を取り込まないようにガムテープやサランラップで窓の隙間にめばりをし、子どもは一歩も外に出さなかったので、食べ物を口にしなくなって咳もひどくなった。放射能という得体の知れないものへの恐怖から心身ともに疲れ切った。夫は責任ある立場にいてすぐに退職はできなかったので母子避難した。その後夫も退職して合流した。現在でも、山林は除染されていないし、汚染土が積み上げられている。子育てする環境ではないと思うので戻れない、と証言しました。

◇福島市から避難した女性は、事故前の1月に家を新築し、自分は妊娠中だった。夫は住宅ローンが残っているので、2歳の長女と生後1か月の長男を連れて母子避難した。子どもが小さく、見知らぬ土地での生活は大変で、心身ともにストレスがたまった。夫は仕事を辞め、家を売却して合流したが、仕事がなかなか見つからず、見つかってもパワハラがあったりして4回転職した。貯金を使い果たし、避難生活を続けられなくなった。福島に戻った今でも、「離れた方がいいのではないか」と思いながら生活している。「出るも地獄、戻るも地獄」だ。福島が安全だというのなら、「自分が移住してみてください」と言いたい。美しい福島を戻してほしい、と訴えました。

◇三春町から避難した女性は、事故当時夫が海外に出張中、娘は祖父母に会いたいと中国の小学校に一時的に入学していて、自分一人だった。自宅の寝室で0.7μSv/hの線量だった。中国大使館がチャーター便を出して避難を呼びかけていた。いったん中国の実家に帰り、翌年3月に京都に避難した。その後、夫とは離婚することになった。原発事故さえなかったら、普通の暮らしをしていた。避難する必要もなかったし、この場に立つこともなかった。避難を選択する権利を認めてほしい。事故前の福島に戻してほしい、と訴えました。

◇いわき市から避難した女性は、事故前は過疎化対策で住民を募集していた貝泊に移住し林業や農業に取り組んでいた。コイコイ倶楽部のみなさんは移住者に親切で里山で暮らす知恵を教えてくれた。事故直後はほとんどの世帯が避難し、小学校が閉校になった。移住した5世帯全部が避難した。自分たちも子どもを被ばくから守るために避難した。実家がいわき市にあり、いずれは帰って母親の介護をしたいと思っているが、いまは土壌が汚染されており帰れない。事故がなければ、住み続けることができた。国と東電の無責任さには怒りで一杯だ。これ以上放射能で苦しむ人が出ないようにしてほしい、と訴えました。

◇福島市から避難した女性は、夫の父が所有する土地に知的障がい者のグループホームを建てるのが夢だった。事故当時は妊娠中だったので、胎児被ばくを避けるために避難した。親族でも弟世帯、夫の姉世帯、祖父母など半数ぐらいが避難した。自分は甲状腺にのう胞が見つかり、3人中2人の医師から「悪性の疑いがある形をしている」と言われている。娘も甲状腺異常があり、白血球の好中球が少ないと言われた。放射線との因果関係はあるともないとも言えないと聞いている。原因が初期被ばくによるものなら帰れない。事故によりかけがえのないものを沢山失った。被災地に残る人は見捨てられたように感じる。人の命が一番大切にされる社会になるよう望んでいる、と訴えました。

証言に立たれた原告のみなさんは、これまでの原告と同じように自分の思いを率直に述べ、被告側の反対尋問にも誠実に対応していました。それに対し被告側代理人は、加害者側なのに検事のように尋問し、傍聴席の支援者の怒りを買いました。その上、やり取りが傍聴席にまで伝わりにくかったことやエアコンの配管から時々大きな騒音が聞こえて一層聞こえにくかったことで傍聴者の不満が爆発。さらには被告側代理人の反対尋問がしばしば規定時間をオーバーしたことに川中弁護団長が抗議するなど、休憩時間に法廷の内外で大きな声が飛び交うというハプニングが起きました。

本人尋問は終了時刻を予想するのが難しいこともあり、今回も報告集会は設定せず、食事をとりながら昼休み集会を行ないました。午前中に証言を終えた原告や午後から本人尋問に臨む原告が挨拶。参加者から今後の取組みの告知がされました。また、前回期日に予告されていた宗川先生の新作『福島甲状腺がんの被ばく発症』(文理閣)が発売になり、会場で売れた代金の中から6千円の寄付をいただきました。この場を借りて、宗川先生にお礼を申し上げます。

次回は5月26日(金)です。原告本人尋問の傍聴もいよいよ最後となります。次回も傍聴席を満杯にしたいと思いますので、ご協力をお願いします。

また5月20日には、弁護士会館の大ホールで支援する会の総会(13時~13時30分)、原発賠償京都訴訟の勝利をめざす市民の集い(13時30分~16時40分)を開催します。市民の集いでは、吉村良一・立命館大教授に「群馬訴訟判決の評価と各地の集団訴訟の争点」と題してお話いただき、田辺保雄弁護士に「京都訴訟の勝利への展望」を語っていただきます。こちらも、ぜひご参加ください。

◆5/9大飯原発差止訴訟 第15回 口頭弁論のご報告

◆5/9(火)に京都地裁で大飯原発差止訴訟 第15回 口頭弁論が開かれました。多くの皆さまにご参加いただき,ありがとうございました。

  • 開廷前には,いつものように裁判所周辺のデモを行い,市民に脱原発裁判をアピールしました。
    s-CIMG1646
  • 傍聴席は応募が多数で抽選になりました(関電関係者と思われる傍聴もありました)。法廷では弁護団の各段の奮闘が光ったと思います。福島敦子さん(原発賠償京都訴訟の共同代表),竹本修三団長,赤松純平先生らの陳述も,裁判官にせまる迫力がありました。
  • 初めて原告席に参加した原告からは「知性と情熱が法廷を圧倒!」「分かってほしいとひたすら希求する人々は美しい」という感想が寄せられています。模擬法廷にも原告19名が参加,弁護団が10名以上で,充実していました。
  • 報告集会では,多額のカンパの他,缶バッジ,竹本団長の著書などでご協力をいただき,深く感謝しています。

◆さらにくわしくは京都脱原発原告団Webに報告→こちら