◆控訴審第2回口頭弁論の報告~支援する会から

3/13の控訴審第2回期日の報告です。
(原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会事務局の上野益徳)

参加した原告は、第1回期日の16人を上回る18人。今回は進行協議が10時からあり、弁護団がいないため原告だけで入廷行進を行なうことになり、僕も同行しました。

裁判所の東門から原告が入っていくと、抽選券配布場所に集合していた支援者から大きな拍手が起こりました。その時、締め切りの2分前だったので、慌てて抽選券をもらいに行きました。その時、スタッフから聞いたところでは、JR京都線などが運転見合わせをしていた関係で、来るべき人が到着できず、まだ傍聴席数の80人に達していないとのこと。結局、抽選に2人足りず、全員傍聴ということになりました。その後、遅れて到着する人がいて、開廷までに傍聴券はなくなり、無事傍聴席は満杯になりました。ただ、第1回の125人と比べると減少は否めませんが、統一地方選挙が近づき、選挙に携わっている人の参加が減ったことも一因なのかなと考えています。

【法廷】

法廷では、原告側代理人が国や東電の控訴理由書に対する反論をプレゼンしました。森田弁護士は、国の津波予見可能性はなかったとする主張に反論。

◆1999年の津波浸水予測図を見ると、津波高が6メートルでも福島第1原発敷地全域が浸水することがわかっている。
◆869年に起きた貞観津波を基にした東電の試算(2008年9月頃)によると、1号機~6号機付近の津波高は8.7~9.2メートルで、誤差を考えて1.2倍すると軒並み10メートル(敷地高)を超える。
◆東電が依拠した津波評価技術は既往津波を参考にして想定津波を設定するもので、この手法を利用する者が、その時々の最新の知見・データに基づいて震源を設定することが予定されていた。
◆長期評価は三陸沖北部から房総沖の海溝寄りでは大型津波地震が起きる可能性を指摘したが、その根拠はその一帯で低周波地震が頻発しており、低周波地震の大型のものが津波地震であるとされた。
◆保安院からの問いに、東電高尾課長は津波評価技術では福島~茨城沖では津波地震を想定していないことを挙げ、長期評価については「確率論的に検討する」と説明したが、同氏はこの時のことを「40分くらい抵抗した」と述べ、「確率論で評価するとは実質評価しないこと」と述べている、
などを挙げ、被告側の「予見可能性はなかった」という主張には根拠がないことを明らかにしました。

次に白土弁護士の弁論は、東電の「慰謝料は、避難指示区域で月額10万円、区域外では総額8万円(大人)が妥当」、「区域外では、放射線によって健康に対する危険が生じていたとまでは評価できない」という主張や区域外避難者に対する平穏生活権侵害はなかったという主張に対する反論でした。そのため、2つの意見書(東京訴訟に提出された辻内琢也・早稲田大教授の意見書、生業訴訟に提出された成元哲=ソン・ウォンチョル・中京大教授の意見書)が紹介されました。

◆辻内教授の意見書は、震災から4年目の現状について宮城県2万7271世帯、岩手県1万2187世帯、福島県1万6686世帯を対象に行なったアンケート調査を基にするもので、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状の強さを測定するために「改定出来事インパクト尺度(IES-R)」が用いられ、25点以上になるとPTSDと診断される可能性が高くなるとされている。福島ではIES-Rが25点以上だった人の割合が41%あり、これは過去の阪神淡路大震災(1か月後の避難所)の39.5%や新潟中越地震(3か月後)の21%と比べても高い。区域外避難者のIES-Rの平均点は24.9点で、これは帰還困難区域と居住制限区域の25.9点と比べても遜色がないことがわかる、というものでした。

◆成教授の調査は、中通りの9市町村で事故当時2歳前後の子どもを持つ世帯を対象に14項目のアンケートを継続して行なったもので、「経済的不安感」「健康影響への不安」「保養への意欲」「子育てへの不安」については5年後の時点でも半数程度が「あてはまる」としている。また、SQDという調査によると、PTSDは年々減少傾向にあるが、うつ状態は2013年から2015年にかけてほとんど変化が見られず高い水準にあることがわかる、というもので、避難元での被害の実態も重大かつ継続している。こうしたことから、白土弁護士は、避難指示区域と区域外の慰謝料額に差をつけるべきであるという東電の主張は誤りである、と結論づけました。

【報告集会】

昼食休憩をはさんで13時から開催された報告集会の第1部では、まず川中弁護団長が「進行協議で双方の立証予定を述べ合ったが、裁判官はまだまだですねという感想だった。われわれも、もっと力を出し切って、焦点を絞って裁判闘争を闘っていかなければならないと感じた」という挨拶があり、支援する会共同代表の平信行(京都「被爆2世・3世の会」)さんからは「8年目の3・11ということで特集が組まれ、甲状腺がんや震災関連死について触れたものもあったが、それと被ばくとを関連づける報道はなかった。放射能安全神話が一定の効果を持っているのかなと感じた。そういう状態を変えていくためにも、この裁判闘争がますます重要な意味を持って来ると思う」との挨拶がありました。

そのあと第弁護団から、今日の口頭弁論で陳述の概要や背景について説明がありました。森田弁護士からは、○東電刑事裁判で出された証拠を入手し証拠として提出した、
○この中には従来から東電がひた隠しにしていた防潮堤の設計図面もあり、津波高が一番高いとされた敷地南側だけではなく、全面に10メートルの防潮堤を造るという計画だったことがわかる、
○この証拠は膨大だが宝の山なので、丁寧に調べて活用していかなくてはならない。マンパワーが必要だが、全国の弁護団と協力してやっていきたい、という報告がありました。

白土弁護士からは、

○損害論で京都判決の乗り越えるべき点は、主に慰謝料が低額であることと賠償期間を2年に限定したことの2点、
○東電は避難指示区域とそれ以外のところでは全然違うんだと主張している、
○そこで、放射線マップを示して、どこで線引きできるという状態ではないということを言った、
○意見書としては、生業訴訟の成元哲・中京大教授の意見書と首都圏訴訟の辻内琢也・早稲田大教授の意見書を使わせてもらった、
○全国の弁護団でコミュニティ侵害、ふるさと喪失慰謝料ということを主張しているが、裁判官にそれをどう伝え、どう立証していくのかが課題になっている。先日、かながわ訴訟では法廷で事故前の福島での幸せな生活の情景を放映していたということを原告の福島さんからお聞きして、そういう伝え方もあるのかと思った。今後、弁護団と原告が緊密に知恵を出し合っていきたい、との報告がありました。

田辺弁護士からは、

○東電刑事裁判での証人尋問調書が手に入った。刑事事件の記録を民事裁判に渡すのは滅多にないこと、
○津波対策から逃げて逃げまくった末にいったん津波対策をすることに決めたあと、「ちゃぶ台返し」でひっくり返した、そういう経過が全部載っている調書なので、東電・国は証拠にしたくないはずだが、国はこの調書を基に準備書面を書くと言っている。また国は損害についても総論を書くと言っている、
○東電も責任論、損害論を書くと言っている。これまで東電はプレゼンをしたことがないが、次回はプレゼンをする可能性がある、
○裁判官は冷静に判断したい人たちなので、集中力を乱されるのを嫌がる。最後に判断するのは3人の裁判官なので、いかにおかしなことを言っているのかをじっくり聞いてもらう必要がある。みなさんは冷たい視線を向けながら静かに聞きましょう、
○先日、原告の園田さんたちと勉強会をして、国連人権理事会が日本政府に対して勧告を出したり、警告文を出したりしている、ずっと追いかけているのは珍しいことだということを教えてもらったので、これについて一本準備書面を書きたい、
○ひょうご訴訟が先進的に取り上げておられる不溶性セシウムボールについても、空間線量は下がっても土壌汚染は動かないし、測れば出てくるので、そういう所に住むことはいかにリスクがあるかという観点で取り上げていきたい、という報告がありました。

なお、次回期日は6月13日(木)で、次回から開廷が午後2時30分となったので、近い方は午前中仕事をして、後半休を取って参加することもできるようになりますし、遠くから参加の人もゆっくり出かけられるようになります。次々回は9月10日(火)午後2時30分開廷となりました(報告集会の時点では予定ということでしたが、確定しました)。

そのあと、報告集会に参加した原告が全員前に出て、一人ずつお礼や決意表明をしました。要点だけをかいつまんで紹介すると、以下のようでした。
○裁判所に入る時、拍手喝さいで迎えてもらい感激した。
○同じ団地に避難していた50歳の女性が年明けに孤独死した。裁判もADRもしておらず、ほとんど付き合いがなかった人だが、原発事故さえなければそういう死に方はしていなかったと思うとくやしい。
○長らく住んでいた公務員宿舎が今月末で閉鎖される。避難者同士が顔を合わせる場が裁判期日しかなくなってしまうのかと思い、複雑な思いだ。これからも繋がりを大切にしていきたい。
○この裁判を通じて弁護士の先生や支援者のみなさんから成長させてもらった。みんなも力強くなっている。
○裁判もしていなくて苦しんでいる人もいるので、そういう人にも声をかけていきたい。
○福島から参加した。原発事故を風化させてはいけないという思いがある。明日は千葉第2陣訴訟(判決)に行く。
○引き継ぐ者がいなくて、施設の理事長を続けているが、現場にいないので新しく入って来た職員や入所者の顔と名前を覚えられない。名前だけの理事長になったのが悲しい。いま甲状腺がんになり自然治癒力を信じて頑張っている。
○過去2年間、海外で原発被害者の声を届けて来た。この問題を国際問題化しようといろんな人が協力してくれている。皆さんがこうやって来てくださるのが私の原動力になっている。
○私たちが皆さんの前で話をすることができるようになったのも、皆さんが話を聞いてくださったからだ。先日、南相馬の市会議員の方と話したが、「中から声を上げるのには限界がある。外から風穴を開けてほしい」と言われた。人に言えないことがどれだけ苦しいことか。頑張っていくので応援してほしい。
○この間、イベントや集会に手分けして出かけて行き、話やアピールをさせてもらった。機会があれば誰かが話に行くので、声をかけてほしい。出口で、原告がそれぞれ手書きしたメッセージカードをお渡ししたいので受け取ってほしい。

報告集会には、関西訴訟の原告、弁護士、サポーター、ひょうご訴訟の弁護士のみなさんも参加いただいていましたが、時間がなくなり、紹介だけする形になってしまいました。申し訳ありませんでした。

そのあと、第2部ということで、弁護団によるかながわ訴訟判決についての説明と評価が行なわれましたが、すでに相当長くなっていますので、別途報告させていただきたいと思います。

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