◆控訴審第1回口頭弁論の報告~支援する会から

みなさま

原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会事務局の上野です。

12月14日、大阪高裁で控訴審第1回期日が開かれ、たくさんの方が傍聴に駆け付けてくださり、裁判所に対してこの裁判は社会的に注目されているぞということを強く印象づけることができました。参加いただいた皆様、ありがとうございました。以下、報告です。

今回は、西日本では初めての控訴審ということで、記者会見も行ない、僕はそちらに同行したので、報告集会には終わりの方しか参加できませんでした。

◆抽選までの状況

傍聴券を求めて抽選番号リストバンドを受け取った方は125名。京都地裁でも見慣れた方もたくさん来ておられ、大変勇気づけられました。遠くかながわ訴訟の村田原告団長、愛知岐阜訴訟の伊藤原告団共同代表夫妻、関西訴訟からは森松代表ほか多くの原告さん、ひょうご訴訟からも原告さんが駆け付けてくれました。今回は記者席が多く用意されたために一般傍聴席は75席と少なめで、約50名が外れるという厳しい抽選となりました。

大阪高裁では手荷物検査が始まっており、混雑が予想されるため、当たった方には手荷物検査に入ってもらい、原告の入廷行進は抽選に外れた方が玄関前で待機し、拍手で迎えました。そのあと、抽選に外れた方たちは道案内のスタッフの誘導のもと、模擬法廷の会場(弁護士会館が取れず、少し離れた貸会議室)へ移動しました。

◆口頭弁論

今回は初回ということで、原告を代表して共同代表の福島さんの意見陳述が行われました。福島さんは、5分という時間制限の中で原告一人ひとりの思いを込めたという原稿を読み上げました。原発事故を無かったものにしたいがために、避難者を住宅から追い出し、小児甲状腺がんが多発しても放射能との因果関係を否定する政府の姿勢を批判し、避難の正当性を訴えました。そして、最後に立ちあがり、裁判官に向かって「私たちの避難の権利を認めて下さい! 最後に、私たち原告一人ひとりの命と裁判官のみなさまの命と向き合って判断してほしいと強く望みます」と訴えました。

次に原告側代理人(高木弁護士と鈴木弁護士)による「因果関係に関する控訴理由書」の告知(要旨)が行なわれました。高木弁護士の部分の要点は、◇原判決は公衆被ばく限度(年1mSv)を規定した国内法を無視しており誤りである、◇ICRPは、低線量被ばくの影響について諸説あることを前提としてLNTモデルを採用し、公衆被ばく限度を年1mSVと勧告している、◇生活圏内に年1mSvを超える線量が測定された地域から避難することは最も重要な社会規範である国内法に照らしても相当な行為である、◇原判決は全文480頁のうち、土壌汚染についてわずか半頁(13行)しか触れておらず、土壌汚染を軽視している。土壌汚染の軽視は内部被ばくを無視することになる、◇内部被ばくの身体への影響は外部被
ばくよりも大きい、◇チェルノブイリで法では、内部被ばく量と外部被ばく量を合算して住民の総被ばく量を算出しており、その推計に土壌汚染度が用いられている、というものでした。

鈴木弁護士の部分の要点は、◇原判決は4万Bq/ ㎡(放射線管理区域)という土壌汚染の意味を理解していない、◇管理区域内に人は長時間居てはならないというのが社会通念であり、管理区域以上の汚染地域から避難するのは社会通念上相当である、◇モニタリングポストと周辺汚染状況にはかい離があり、子どもが地面に転がったり座ったりすることを考えれば、地上100cmの空間線量を基準とすることは不合理である、◇原判決は、避難の時期を2012年4月1日までとした理由の1つにその時期には子どもの避難者数は減少傾向にあったとするが、京都府においては4月1日以降も福島県内からの類兼受入避難者数は確実に増加しており、理由にならない、というものでした。

次に井関弁護士による損害額認定に関する控訴理由の告知(要旨)が行なわれました。その要点は、◇避難指示を受けた者の慰謝料は月額10万円に対し、区域外避難者の慰謝料は月額に直すと12,500円で低額にすぎる、◇自身の担当原告は6世帯だが、そのうち4人が心身に深刻な不調を来している(具体的な状況の紹介がありました)。それほど原発事故による被害は過酷なものである、◇交通事故で通院8ヶ月の慰謝料が100万円「を超えるのと比較しても30万円の慰謝料は余りに低額である、◇原判決は、避難から2年も経てば避難先での生活も安定するとしたが、避難は「一般的な移転」(転勤に伴う引っ越しなど)とは違う、◇被告東電でさえ、避難先の家賃を2018年3月まで補償してお
り、2年間に限定する原判決は変更を免れない、◇原判決はコミュニティ侵害を固有の損害とは認めず、慰謝料算定で考慮すれば足りるとしたが、低額の慰謝料で考慮されたとは思えない、◇自然、人間関係、文化など有形無形の権利利益を包含するコミュニティが不可逆的に変容させられ、元には戻らなくなった。コミュニティは平穏生活権の基盤であり、何物にも代えがたい価値を持つ。コミュニティ侵害について正面から認める判決を求める、というものでした。

今回は国側代理人もパワーポイントまで使ってプレゼンを行ないました。しかし、パワポは小さい字で何が書いてあるかまったく読めず、小さい声で早口でしゃべったので、細かい点はほとんど聞き取れませんでした。要約すると、安全性には「相対的安全性」と「絶対的安全性」があり、原発の規制基準に求められていたのは「相対的安全性」だった。地震本部の長期評価は「決定論」に取り入れるほど根拠のあるものではなかったので、「確率論」で扱うことにしていた、というようなことを長々と述べていました。現実によって破綻した「理論」を正しかったと言い張っている印象で、そんな態度で再稼働を進めているのならまたぞろ事故を引き起こすぞ、怒鳴りつけたい衝動にかられましたが、実際にどなり
つけた人がいたのでした。

国側代理人の発言が終わったとたん、原告席の一人が立ち上がり、被告側に向かって「責任逃れの言い訳じゃないか」、「また事故が起きるじゃないか」

(正確な言葉は覚えていないのですが)という趣旨の発言を始めたのです。しばらくして裁判長が「ここはそういう場ではありません」と言い、田辺弁護士が「後日反論します」とまとめ、閉廷となりましたが、この原告さんの発言はみんな抱いていた憤りを代弁したものだったと思います。

◆記者会見

閉廷したあと、記者会見と報告集会が平行して開催されました。記者会見には原告の福島さん、堀江さん(以上、共同代表)、川崎さん、鈴木さん、高木さんの5名、弁護団の川中団長、田辺事務局長の7名が参加し、僕は写真撮影のために同行しました。

記者会見では、各原告から第1回期日を終わっての感想や思いが語られました。その要点は次のとおりでした。

●福島さん…今日は傍聴席が満杯になり感無量です。京都地裁では自分のことを中心に陳述したが、今日は原告一人ひとりの思いが詰まった内容になっている。避難者が置かれている現状と事故後何も変わっていないことを裁判官にわかってもらいたいという思いで書いた。すべての原告が笑顔になれる日まで闘いたい。負けられない。

●堀江さん…たくさんの方が傍聴に来てくれて、ありがたかった。子ども3人が原告になっているが、そのうち1人がすべて棄却された。娘も、そして棄却された他の原告も控訴審で認められるように闘っていきたい。

●川崎さん…控訴したのは世の中が何も変わらないからだ。事故後、行政にも学校にも訴えたが、「ここは茨城県だから」という回答しかなかった。混乱期を過ぎても「安全、安心」の押しつけは変わっていない。チェルノブイリ法のように、安全でないことを前提とした教育や行政のあり方に変えていくためには国を動かすしかない。何としても国を変えたい。

●高木さん…避難を決断するまでに子どもの健康をはじめ、どれだけつらい思いをしたことか。京都へ来て、外から福島を見た時に、「もう戻るのは難しいな」と思った。どうしたら国を変えられるんだろうと考えた。私たちが国のあり方を変えなければいけないと思っている。そのために司法に訴えて、勝利をかちとりたい。

●鈴木さん…障がい者の自立生活支援をして介護事業所の理事長をしていたため、自分が避難するまでに2年半かかった。避難にあたっては福祉、医療態勢、交通アクセス、住宅などいろいろ不安があった。京都地裁判決は避難の期限を2012年4月1日で切っているが、各人の事情を考慮していない。その後、私は甲状腺がんを発症した。そういう被害を国は調べもしないことに憤っている。裁判で決着をつけたいと思っている。

そのあと川中弁護団長が次のように決意を語りました。

原告側の陳述はわかりやすく、争点が明確になったのではないですか?それに対して国側は何を言っているのかわからなかったが、今後きっちり論破していきたい。この裁判は、原告はふるさとに帰りたいが帰れないという実態を裁判官にわかってもらわないと勝てない。オリンピックの競技が福島でも行なわれるということで、すべて解決したかのようなキャンペーンが強まることが予想されるので、それが裁判に影響しないようわれわれも頑張っていきたい。

記者会見が終わったあと、両弁護士は進行協議へ向かわれ、原告5名と僕は報告集会会場へ向かいました。会場に着くと105席は最前列の一部を除いてほぼ満杯で、ちょうど関西訴訟原告の人たちが連帯のあいさつをされるところでした。そのあと記者会見から帰った原告5名がそれぞれあいさつをし、最後に先に報告集会に参加していた原告も含め原告全員が前に勢ぞろいして、集会を終えました。

第2回期日は来年3月13日(水)11:00開廷です。また、第3回期日は6月13日(木)14:30開廷と午後からに時間は変わります。引き続き、ご支援のほどよろしくお願いします。

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◆11/25「京都原告団を激励する集い」の報告

  • 救援新聞 京都版No.1351 2018年12月15日
    橋本宏一(日本国民救援会京都府本部 事務局長)

原発賠償京都訴訟は控訴審のたたかいへ

盛大に原告を激励する集い

◆3月の京都地裁判決に満額の賠償が認められた1人を除く原告172人が控訴している福島原発賠償京都訴訟の、第1回口頭弁論を目前にひかえ、11月25日、大阪市中央区のエルおおさか(大阪府立労働センター)で「京都原告団を激励する集い」が開かれました。原告、弁護団、「原告を支援する会」、関西の訴訟当事者など定員一杯の57人が参加し、控訴審のたたかいに激励のことばを寄せ合い決意を固め合いました。

◆原告団共同代表の福島敦子さんが支援への感謝と決意を述べたあと、川中宏弁護団長があいさつ。さらに、原告を支援する会共同代表の橋本宏一救援会府本部事務局長も、控訴審で避難者の被害にふさわしい判決を勝ち取る法廷の内と外の運動を、とあいさつしました。また、田辺保雄弁護団事務局長は、裁判官を変えるのは市民の声が大きく影響する、世論を動かす運動が特に大事だ、と強調。地裁で責任ありとされた国が、控訴審では執拗に反撃してきている。これは決してあなどれない、弁護団も全力で裁判官に被害の実相で迫る、と力強く語りました。原告団のあゆみの映像の上映や、原告1人1人の思いなどが語られ、会場は大きな拍手と声援に沸きました。最後は萩原ゆきみ原告共同代表がお礼のあいさつ、そして全員集合。記念写真を撮影して散会しました。

◆なお、控訴審第1回口頭弁論は、12月14日(金)午前10時30分、大法廷(201か202号)で開廷。参加される人は、傍聴券抽選や、手荷物検査などがありますので、開廷1時間前頃に高裁正面入り口にお集まりください。

◆原発賠償京都訴訟判決の報告–支援する会 事務局より

支援する会事務局の上野です。

◆15日の京都訴訟判決の報告です。長文、重複ご容赦ください。

◆スタッフは9時に弁護士会館のホールにいったん集合し、役割分担を確認して裁判所に行くと、すでに見たこともないような大行列ができていました。その後も続々と人が集まって来ます。遠く福島県から来られた生業訴訟の中島原告団長、いわき被害者訴訟の早川原告団長、群馬訴訟の原告・丹治さん、かなわが訴訟の村田原告団長、東京訴訟の鴨下原告団長、関西訴訟の佐藤副代表、ひょうご訴訟の橋本原告団長など主だった訴訟の代表の方々の姿も見えます。メディアも報道各社のほか、アワプラネットの白石草さん、おしどりマコ&ケンさん、フリージャーナリストの吉田千亜さん、添田孝史さんなどの著名人の姿も。

◆裁判所の職員に聞いたところでは、傍聴整理券は370枚出たそうです。私はいつものように抽選に外れ、せめて各訴訟原告団一人には入ってもらおうと傍聴券をかき集め、渡すべき人を探すのですが、なにせ人が多すぎて見つけるのに一苦労。それでもなんとか手渡して、旗出しの写真を撮るために報道陣が集まる門の外へ出て位置を確保。しばらくすると、白土弁護士と清州弁護士の二人が走り出て来て、「三度 国の責任を認める」「一部勝訴」の垂れ幕を掲げました。前者には「やった!」ですが、後者の「一部」が気になります。

◆そのあと弁護士会館のホールに移動しましたが、ホールの中はビデオカメラがずらーっと並び、一角には記者席があるため、実質傍聴者用の椅子はせいぜい140席ぐらいしかありません。座れない人は壁際に立っています。法廷では判決言い渡しが続いているので、閉廷し、その後の囲み取材が終わるまで、「京都訴訟の歩み」と先日のバイバイ原発きょうと集会での原告のリレーアピールの映像を観てもらいました。閉廷し、原告団と弁護団が帰って来ても、原告団の席は舞台上に設営してあり、ビデオはその舞台のスクリーンに向けて映されているので、座る場所がありません。ビデオ上映が終わって、舞台の上に約30名の原告がずらーーっと並び、囲み取材から原告団共同代表と弁護団長・事務局長が帰って来るまで、傍聴者とお見合い状態です。綱渡りの運営が続きます。

◆やっと4人が帰って来て、判決報告集会が始まりました。

◆判決についてはすでに新聞各紙が報じていますが、少しだけ触れます。詳しくは弁護団の分析を待ちたいと思います。

◆責任論については津波は予見可能だったとし、被害の防止措置は経済産業大臣の権限行使によってしかなし得い、権限不行使は職務上の法的義務に反し違法。国は国賠法に基づき賠償する責任を負うとしました。責任割合についても、国は東電とともに、全額について責任を負うとしました。

◆避難の相当性については、空間線量が年間1mSvを超える地域からの避難および避難継続はすべて相当であるという原告の主張は採用できないとする一方、政府による避難指示の基準(年間追加被ばく20mSv)がそのまま避難の相当性を判断する基準ともなり得ないとし、避難の相当性の判断基準を示しました。

◆自主的避難等対象区域からの避難については、①2012年4月1日までに避難したこと、②妊婦または子どもの避難から2年以内に妊婦または子どもと同居するために配偶者または親が避難したこと、という条件を設け、その条件に合致する場合は相当性を認める(ただし、損害は避難時から2年間のみ認定)としました。

◆自主的避難等対象区域外(会津地方、福島県外)からの避難についても、空間線量、避難時期(事故当初)、居住地の自主的避難者の多寡、子どもや放射線の影響を特に懸念しなければならない家族の存在などの要素を考慮して判断するとしました。その結果、過去の判決では認められなかった会津地方、栃木県の大田原市、千葉県の松戸市、柏市からの避難が認められました。また生業訴訟では認められたものの賠償金額がわずか1万円とされた北茨城市からの避難についても自主的避難等対象区域からの避難とそん色のない金額が認められました。恐らく避難の相当性を認めたケースについては損害について地域による格差をつけなかったのではないかと思います。一方で、宮城県仙台市、茨城県つくば市から避難した3世帯については認められませんでした。

◆判決内容について説明があったあと、舞台上に並んだ原告が一人ひとり感想や思いを述べました。ある女性は「避難したことは正しかったと認めてもらえた」と語り、別の女性は「これで自分を責めなくてもいいと夫に報告できる」と涙ながらに語りました。ある男性は「子どもが一番かわいい時期を一緒に過ごすことができなかった。毎年1歳ずつ若返ってくれたらと思う」と述べ、別の男性は「福島で子育てすることを楽しみにしていたのにできなくなった。その責任を取ってほしい」と思いを語りました。避難の相当性を認められなかった女性は「子どもを守りたい気持ちは一緒なのに、なぜ認めてくれないのか」と悔しさをにじませました。高校生二人も「私たちを守るために避難してくれた両親に感謝して
いる」「これからは子どもたちが立ちあがるべきだと思う」と発言し、会場の涙を誘いました。

◆そのあと、各地から駆け付けてくれた各訴訟団から連帯の挨拶を受け、京都原告団を支援する会の共同代表の橋本宏一さん、石田紀郎さん、平信行さんからの挨拶、支援する会の奥森事務局長から今度の取り組みについての報告があり、散会しました。

◆長い間、京都訴訟を支えていただき、ありがとうございました。国と東電は必ず控訴してきますし、原告側も認定されなかった3世帯があり、認定されても遅れて避難した家族が否認されたり、損害が避難から2年間しか認められないなど、それぞれ不満があり、原告団として控訴する意向を固めています。今後とも、ご支援をよろしくお願いします。

◆16日、東京訴訟でも国の責任が認められました。もうこの流れは覆すことはできないでしょう。政府を統一交渉に引っ張り出すよう、他の訴訟団とも連携を強めて行きます。

◆なお、4月29日にキャンパスプラザ京都で判決報告集会を行ない、そこで弁護団から京都地裁判決の分析結果も報告する予定です。午後からは近畿訴訟団交流会を兼ねてレセプション(別途、参加費が必要)があります。詳細が決まった時点でまた連絡しますので、ぜひご参加ください。

◆2018/3/15 原発賠償京都訴訟の判決と,大飯原発差止訴訟

◆私たち京都脱原発弁護団・原告団が京都地裁に大飯原発差止を提訴したのは2012年11月ですから,すでに5年以上が経ちました。この間,原告団の事務局長を担当してきて思うのは,今の原発問題の課題と運動は,多方面に及んでいるという実感です。
◆原発が過疎地に立地し,大都市の際限ない電力消費に奉仕してきた差別構造は,福島第一原発事故の後,ますます明白になっています。立地地域にとどまりがちであった原発反対の住民運動は,福島第一原発事故の後,大都市での原発反対の市民運動や,大電力会社関電などへの抗議行動と結びつくようになりました。
◆原発には科学技術的な安全性の課題が根深くあるわけですが,それは「国民の生存権」という基本的人権にまで及んでいます。そして,それは,原発立地現地の住民運動,大都市消費地域での市民運動,各地の原発運転差し止め訴訟で問われています。全国の原発運転差し止め訴訟では,弁護士や研究者など専門家の熱意と知恵を結集した法廷闘争がくりひろげられ,多くの市民の参加と注目を集めています。そして,現実に運転差し止めが実現するような成果もあげています。
◆原発に反対する運動には,立地現地の住民運動,消費地域の市民運動,原発運転差し止め裁判というという三つの面の闘いがあるわけですが,その底辺を支えているのが,全国の原発賠償訴訟だと思います。率先避難者として全国に避難した方々,政府の指定区域外でも自らの判断で避難した方々らの涙と苦痛を目の当たりにして,私たちは原発事故のとてつもない非人間性をまっすぐに理解できるわけです。京都やどの地域も,第二の福島にさせない,これがすべての運動の基礎だと思います。
◆福島第一原発事故では,行政は勝手な線引きで被災者,避難者に差別を持ち込んできました。避難の権利を行使した率先避難者に対し,避難者としてカウントしないこと,住宅保障の打ち切り,汚染地域への帰還強要などペナルティが課されています。しかし,全国各地で行政と東京電力の責任を問う裁判と運動が進展してきました。また,国連の人権理事会でアピールする運動も進んでいます。
◆そして,原発賠償京都訴訟は,3月15日,判決に至りました。京都地裁の判決は,避難の相当性を認めて80点(川中宏弁護団長)とのことで,不十分な点もありつつ,これまでの原告の皆さまの奮闘が大きく実った内容だと思います。国の責任を認め,千葉,茨城,栃木など避難指示がない区域からの「自主避難者」の賠償を広く認めて,賠償を命じた点はとくに評価できると思います。
◆原発に反対する立地現地,消費地域,裁判所での闘いは,政府や電力会社の経営にも影響をあたえています。原発に反対する世論はつねに多数派を保っています。政府や原子力規制委員会は原発再稼働に熱心ですが,現在,動いている原発は,川内原発2号機,高浜原発3・4号機,そして,昨日再稼働された大飯原発3号機の4機だけです(伊方原発3号機は2017年12月の広島高裁仮処分決定で停止中。川内1号機は1月末から定期点検に入っています)。
◆政府は,原発再稼働,核燃料サイクルと再処理,原発輸出を推進していますが,東芝,日立,三菱など原子炉メーカーの経営とともに混迷を深める一方で,日立の原発輸出への債務保証など不透明な癒着を深めています。核のごみ処理もまったく見通しがありません。原発は電気をつくるだけでなく,莫大な放射性廃棄物もつくっています。原発の電気で儲け,廃棄物処理は国民負担にする構造に対し,さらに追及の手が必要です。東電や関電は,電力自由化の下,顧客離れに苦しんでいます。とりあえずすぐにでも新電力に移行しましょう。
◆私たち京都地裁の大飯原発差止訴訟には仮処分のような即効性はありませんが,関西電力の設定する基準地震動への疑問と,事故が起こった際の避難困難性などについて,着々と主張を積み重ねています。直近では1月16日に第18回口頭弁論がありました。被告関西電力は,基準地震動策定が「平均像」であることを認めたうえで,地域特性を十分に把握できているため,基準地震動を超える地震発生の可能性は否定できると主張しています。しかし,主張をするばかりで保有している根拠資料すら提出せず,それどころか原発の地域特性の調査として当然になすべき重要な調査がなされないままです。
◆また実施された調査結果は「科学技術を冒涜する所作」以外の何物でもないといえるほどに,基準地震動が小さくなるよう歪めて評価していることを明らかにしました。これって,森加計方面で今はやりの改ざんといってもよいものです。
◆次回の第19回口頭弁論は,3月27日火曜日,14時からです。抽選券配布は,13時25分から40分までです。多くの皆さまが傍聴席を埋めていただきますよう,お願いします。開廷前には定例のデモを行っています。
◆3月14日,大飯原発3号機が再稼働されてしまいましたが,昨年末には関電が老朽大飯原発1・2号機の廃炉決定をしたことは,私たちの運動の勝利といえます。安全対策費が膨大になり,経済的合理性からみて,ペイしなくなったのです。私たちは,原発の科学技術的な課題(安全性),倫理的問題(将来への核のゴミつけ回し,電力多消費型社会への批判)を追及しつつ,経済合理性から見て原発が産業として成立しないことも法廷で追及しています。
◆2016年4月以来の電力自由化の下,原発に依存する電力会社の経営は厳しさを増しています。関電は,小口で毎月,6万件から7万件の顧客を失い続けています。昨年末には,小口契約の10%をこえる120万件が関電との契約を変更しました。大口でも,京阪電車をはじめ,関電離れが進んでいます。関電の電力販売量は長く東電につづく第2位でしたが,昨年は中部電力に抜かれて,第三位に転落しました。
◆苦境の電力会社を守るために,政府は,新電力利用者にも原発コストを負担させたり,送配電料金の一部として送配電とはまったく関係のない福島事故の処理廃炉費用もぐり込ませようと企んでいます。原発を維持するための電力料金のからくりをあばき,新電力への移行をうながす「原発の電気はいらない署名@関西」の運動も重要になっています。
◆京都脱原発原告団は,原発賠償京都訴訟の原告の皆さんとともにあります。今後さらに多面的な運動をめざしたいと思っています。ともに奮闘していきましょう。
(大飯原発差止訴訟 原告団 事務局長 吉田明生)

◆原発事故被害者の暮らしを守って

昨年秋,国連人権理事会に原発事故避難被災者の声を届けた避難お母さん(原発賠償京都訴訟の原告)の訴えに対して,同理事会から日本政府への勧告が出されました。

現在,日本政府がこの勧告を受け入れるように求める署名運動がグリーンピース・ジャパンなどで行われています。下記のネット署名にご協力ください。

国連人権理事会の勧告を受け入れて
原発事故被害者の暮らしをまもってください

・ネット署名→こちら
・紙の署名用紙→署名用紙PDF

◆国連人権理事会でのアピール--その報告

原発賠償京都訴訟の原告 園田さんの国連人権理事会でのアピールの報告

【長文ご容赦ください】
【UPRなどの用語の意味は最後に記載しています】

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みなさま。ジュネーブから戻りました、園田です。

みなさまの大きな応援が私を支えて下さり、無事に国連でのスピーチとロビー活動を成し遂げることができました。
スピーチ当日の早朝、グリーンピース・スイスの協力で折り鶴メッセージを展示することができました。
スイス各地から若いメンバー達が応援に駆けつけてくれたのです。
前夜にスイス事務所に集まり、私の話を聞いていただきました。
涙を流し心を寄せてくれる若者達からも、翌日のスピーチに向けて勇気を与えてもらいました。

国連加盟国から日本政府に勧告を与える4年に一度チャンスです。
ジュネーブに到着してから、国連政府代表者、特別報告部などへのロビーイングが連日続きました。
7分間のスピーチでは語りきれないため、直接お話を聞いてもらえるロビー活動も大変重要でした。
行動を共にしたグリーンピース・ジャパンのケンドラさん、城野さんも寝る間もないほどでした。
被災者を救いたいと懸命になってくださいました。

今回日本は5つの提案をしました。
*福島原発事故被災者への人権侵害
*日弁連からの人権侵害
*ヘイトスピーチなど、在日韓国人への人権侵害
*沖縄の人権侵害
*メンタル障害者への人権侵害

スイス在住の日本人の方々も会場に駆けつけてくださいました。
各国の人たちは私のスピーチをしっかり聞いてくれていたそうです。
私たちの声が伝わったと思います。

日本人ジャーナリストがスピーチ会場の様子などをアップされています。
https://ajisaich.jimdo.com/

11月の審査で一国でも多くの国が勧告を出してくれることを願っています。
支えてくださった皆さん、心から感謝いたします。
*******************
ジュネーブ報告の続きです。

グリーンピースのプレスリリースです。
http://www.greenpeace.org/japan/ja/news/press/2017/pr20171012/
グリーンピース・ブログ
http://www.greenpeace.org/japan/ja/news/blog/staff/blog/60485/

4年に一度スイス・ジュネーブで開かれる国連人権理事会の普遍的・定期的審査査(UPR)の人権に関するセッションについて少し説明させていただきます。

前回2012年のUPRでは、元双葉町長の井戸川さんが発言されました。
そして、オーストリアが日本政府に勧告を出してくれました。
日本政府はそれを受けて、特別報告者のグローバー氏を招きました。
そして2013年、グローバー氏が報告書を出しました。
しかし、日本政府はそのグローバー勧告は科学的根拠がないとして受け入れませんでした。(私のスピーチでも触れています。)
それが、現在までの流れです。

今回、3日間に渡り13カ国がスピーチをしました。
そして、各国の国連政府代理部がその中から勧告を選びます。
つまり福島原発事故が選ばれるとは限りません。
そのため、スピーチと国連内のロビー活動はとても重要だったのです。
最終決定は私たちの判決と同じく来年の3月です。

私のスピーチを和訳しました。→UPR-jananese
7分という限られた中、主催者からのフォーマットに沿って原稿を書かなくてはなりませんでした。
スピーチに合わせて作ったスライドにも規制がありました。
伝えたいことはたくさんあったので、書ききれなくてもどかしかったです。
PDFを添付しましたので、ご覧になってください。

主催者から写真が届きました。

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グリーンピース・ジャパン より

グリーンピース・ジャパン一同からも、改めてお礼を申し上げたいと思います。
このプロジェクトを一緒に前に進めてくださり、本当にありがとうございます。

動画をみる >
[https://e-activist.com/ea-action/broadcast.record.message.click.do?ea.url.id=1096107&ea.campaigner.email=lYnL4KYbmY7phY%2BYc3T6h2Jcge2LejG8&ea.campaigner.id=oUcPG6%2BjWey%2FgO2vkuoghg==&ea_broadcast_target_id=0]

クラウドファンディングを始めてからわずか数日で第一目標を達成したとき、国連に訴えるというこのプロジェクトにどれだけみなさんがご期待くださっているかが伝わりました。

プロジェクトはこれで終わりではありません。
11月には、この人権状況審査の本会合がジュネーブで行われます。
日本の審査は、11月14日です。
園田さんのスピーチやロビー活動の効果を最大化するために、グリーンピースは、11月の会合にも職員を派遣して働きかけを続けます。
3月に国連人権理事会が、原発事故被害者の人権侵害について日本政府に勧告してくれるよう、 できる限りの活動をしていきます。

国際社会に声が届き始めていることを広めてくださいませんか? 動画をシェアしてください。

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いま、このように国連に向けての働きかけができているのは、事故が起きてから6 年半、園田さんのように、声をあげ続けてきた避難者や住民の方々がいらっしゃるからです。
その声をみんなの力でもっと大きくしましょう。必ず、日本政府に届けましょう。

高田久代 グリーンピース・ジャパン一同を代表して

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【UPR(普遍的定期的審査)】国連における人権理事会の創設(2006年)に伴い,国連加盟国全ての国の人権状況を普遍的に審査する枠組み。2008年より審査を実施。2017年の第3回審査(2017年11月)では,日本についての審査が行われる。政府報告書,日弁連報告書,グリーンピース報告書などが提出されている。10月の事前セッションのあと,11月の作業部会で国連加盟国すべてが議論に参加,審査結果としてのレポートは来年3月の人権理事会本会合で採択される。結果文書は,勧告及び(または)結論と被 審査国の自発的誓約から構成される。

【2017/03/7 グリーンピース・ジャパン報告書】政府の帰還政策は原発事故被害者の人権侵害と指摘--女性・子どもへの被害は深刻。(グリーンピースのホームページに掲載)

【クラウドファンディング】今回は「原発事故被害者10万人の声を代弁する福島のお母さんを国連に送りたい」という趣旨のインターネット上の募金。グリーンピース・ジャパンが主催。9/15~9/28,800名の支援で目標額250万円を達成。
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◆[原発賠償京都訴訟]9/29 結審の法廷,当日の報告

◆支援する会事務局の上野です。昨日の京都訴訟第31回期日(結審)の報告です。

◆結審とあって、支援者や各地の原告・弁護士の方であふれ、多数の報道陣が来ていたこともあり、150部用意したプレゼン資料がなくなりました。第3次提訴以来のデモ行進を行ない、ホールに入った時に一斉に沸き起こった盛大な拍手に、原告の堀江さんは「とても嬉しく、こんなにたくさんの方に支えられているのだとしみじみ思いました」と述べています。

【法 廷】

◆法廷でも最初の3分間静止画像が撮影され、夕方のカンテレ(8チャンネル)で放映されました。この様子は、
https://www.ktv.jp/news/index.html
を開いて、「前日のニュースを読む」をクリックし、「福島第一原発事故で避難、京都訴訟が結審」から観ることができます。

◆法廷では、原告側が最終弁論をを行ないました。最初に川中宏弁護団長が「本件訴訟の審理を終えるにあたって」として弁護団としての思いを述べました。その内容を大胆に要約すれば、提訴の10日前にIOC総会で安倍首相が述べた「状況は統御されています」という虚偽の発言は今なお官邸のホームページに載せられており、この嘘を押し通すのが国の基本方針と言わざるを得ない。司法もこれまでは国策の原発推進を側面から支援してきた。原告たちは、いまや見捨てられようとしているが、原告の要求は幸福追求権が保障されている憲法下(憲法13条)では、当たり前の要求であり権利である。裁判所は原告らの思いを受け止める「希望の裁判所」であって欲しい、というものでした。

◆次に森田基彦弁護士が責任論(津波に関する過失)について述べました。その内容は、2002年に土木学会が策定した「津波評価技術」は、ある地震が起こった場合に、ある地点でどのくらいの水位の津波が生じるかを計算する手法のことだが、そこでは地震に関する新しい知見が生じた場合には、津波水位の再計算を行なうことが予定されていた。同年に国の機関である地震調査研究推進本部が公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」と題する報告書では、プレート間地震の発生確率は今後30年以内に20%程度、今後50年以内に30%程度と推定していた。2008年3月、東電設計(株)は東電に対し、明治三陸沖地震規模の地震が福島県沖で発生した場合、原発敷地を超える津波が到来し、4号機のタービン建屋では2メートルを超える浸水が予測されると報告した。この解析結果は2002年の時点で知り得たものであり、予見可能だった。政府事故調が提示した施設の開口部や電気品室を水密化したり、設備を高所化する浸水被害回避の方法、あるいは失敗学会が提示した代替設備の準備、手順のマニュアル化などは短期間で実施可能だった。伊方原発に関する最高裁判決は、国に設置許可の段階で災害が万が一にも起こらないようにすることを求めている。国には規制権限行使(東電に結果回避を義務付ける)の責任があった、というものでした。

◆高木野衣弁護士は避難の社会的相当性について述べました。その内容は、社会規範である「国内法」は年間1ミリSvを超える被ばくから公衆を徹底的に保護している。年間1ミリSvを超える線量の地点を含む生活圏からの避難は社会的に相当である。また、空間線量にかかわらず、立入制限や飲食禁止とされる管理区域同様の場所、核燃料物質によって汚染されたものとして取り扱わなければならない土壌が近くに存在する場所からの避難にも相当性がある。避難者は年間1ミリSv未満になった場合にのみ帰還を推奨されるべきであるとする国連特別報告者の報告もある。今なお避難を継続していることも社会的に相当である。事故は収束せず放射能汚染は続いており、甲状腺がんの多発も指摘されている。近年の疫学調査の多くで100ミリSv以下の低線量でも健康影響は線量に比例することが明らかになっている。被災地の国民だけが、容認不可とされる線量以上の場所や管理区域、汚染された土壌のそばでくらさなければならないのか。避難という選択は何ら不合理ではなく相当であったと判示していただきたい、というものでした。

◆白土哲也弁護士は損害総論について述べました。その内容は、健康に対する強い不安は原告に共通する。専門家の知見が分かれる中、原告らが健康被害に不安を持つことは決して不合理なものではない。区域外避難者は行政による実態を無視した区域設定により、行政の援助や賠償の面で不当な差別を受けている。避難元に家族を残した世帯では、双方が家族一緒に暮らせないつらさを味わい、二重生活の経済負担で家計を圧迫されている。離婚を含め家族関係にも深刻な影を落としている。世帯全員で避難している世帯も、就労や人間関係で苦労を強いられている。障がい者や高齢者はさらに大きな負担を強いられる。帰還を選択した原告も、経済的な生活の再建やいったん断ち切られた人間関係の修復は困難な上、健康不安は避難中よりも深刻だ。損害の算定にあたっては、被告自身が策定に関わった最低基準を下回ることのないよう認定すべきだ。

◆次に原告の共同代表2人による意見陳述が行なわれました。萩原ゆきみさんは、汚染が一番低い避難元でも低レベル放射性廃棄物(100ベクレル/Kg以上)の範疇に入る程の汚染された土地で、本来なら黄色いドラム缶に入れて半減期の10倍の期間保管管理されなくてはいけない。そんな土地で生活し、子育てするなんてあってはならないことだとして、裁判所に対して避難の正当性を認めてほしいと訴えました。また、提訴したことで多くの人に被害の実相を知って頂けた、と裁判に携わった弁護団や関わったすべての人に感謝すると一方、被告国と東電に対しては謝罪を求めました。

◆福島敦子さんは、今夏戻ってきた南相馬市で見た情景について、かつては鮭がのぼっていた請戸川の川岸にフレコンバックが積みあがり、破れたフレコンバックkらは雑草が生えていると紹介。そんな場所へ帰れという国の姿勢について、「国民の知る権利をも統制し、目に見えるものはなるべく『見えないように』仕向けていく。目に見えないものは『見えないのだからなかったものであるように』仕向けてく」と痛烈に批判し、被告席に座る人もその家族も、みんなが被ばくしてはならない権利を持っている。原告はこの権利を訴え続けてきたし、「命」の問題として訴えるとのべ、最後に裁判官に対して、勇気をもって後世に明るい展望を持てる判断を下してほしいと述べました。

◆最後に浅見裁判長は「双方の真摯な問いかけに答えを出していきたい。協力を得て今日まで来られたことに感謝したい」と異例の発言をし、4年間にわたる京都訴訟を締めくくりました。

◆そして、さらに驚いたことに突然、判決日の変更を申し渡したのです。これまで3月29日(木)とされていたのを3月15日(木)に前倒しすることになりました。その理由はわかりませんが、国側が人事異動を理由に前倒しを申し出たようです。これは僕の勝手な推論ですが、これまでの裁判長の訴訟指揮から見て京都の判決よりは東京の判決の方がまだ国としてはましな判決が出るのではないか。だとしたら東京の判決が先に出て、それを打ち消すような判決があとで京都で出るよりも、先に京都の判決を出させ、東京の判決でそれを打ち消す効果を狙ったのではないか、と。

【記者会見&報告集会】

◆閉廷後、場所を弁護士会館の地階大ホールで記者会見&報告集会を開催しました。壇上に弁護団と原告団が並び、最前列に記者席を設けました。会場に来た原告は20名余り、そのうち壇上に登った原告は16名。「一人見たことない人がいるなあ」と思って、あとで隣にいた堀江さんに聞いたところ、その人は原告ではなかったそうです。なぜ壇上に座りにいったんでしょうね?謎です。

◆会場は座れない支援者が後ろの方にびっしり。僕は、原告の手記集『私たちの決断』の予約販売を引き受けて下さった方への受け渡しや新たな販売のコーナーにいたり、写真を撮ったりで忙しく、発言についてはほとんど聞き取れていませんので、新聞を見てください。

◆記者会見が終わったあと、弁護団から先日の千葉訴訟判決の評価について報告があり、全国連事務局長の佐藤三男さんや東京訴訟原告団長の鴨下祐也さん、かながわ訴訟原告団長の村田弘さん、関西訴訟原告、ひょうご訴訟原告から連帯の挨拶がありました。

◆三次会で鴨下さんが「壇上に原告がずらっと並んだのを見てびっくりしました。東京では、あれだけの人が顔をさらすことは考えられないです」と言っておられました。僕もずらっと並んだ原告団を見て感動を覚えました。

【ラストスパート集会(レセプション)】

◆午後からはキャンパスプラザに場所を移して、「提訴から4年! みんなの思いを集めて勝利をめざそう ラストスパート集会」という名のレセプションを開催しました。ほぼ定員の80名ほどが参加し、京都原告団が作成した「京都訴訟の歩み」というスライドを見ながら、その場面に関係した原告や事務局スタッフなどが1分間で説明したりその時の思いを語りました。12名の原告が登場しました。初めてに企画でしたが、みんなが結構真剣に見てくれ、反応もあり、好評でした。

◆みなさま、4年間の法廷闘争へのご支援、本当にありがとうございました。結審で、とりあえずの一区切りですが、これからもできることは公正判決署名と『私たちの決断』の販売です。引き続きご協力をお願いします。