◆控訴審第2回口頭弁論の報告~支援する会から

3/13の控訴審第2回期日の報告です。
(原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会事務局の上野益徳)

参加した原告は、第1回期日の16人を上回る18人。今回は進行協議が10時からあり、弁護団がいないため原告だけで入廷行進を行なうことになり、僕も同行しました。

裁判所の東門から原告が入っていくと、抽選券配布場所に集合していた支援者から大きな拍手が起こりました。その時、締め切りの2分前だったので、慌てて抽選券をもらいに行きました。その時、スタッフから聞いたところでは、JR京都線などが運転見合わせをしていた関係で、来るべき人が到着できず、まだ傍聴席数の80人に達していないとのこと。結局、抽選に2人足りず、全員傍聴ということになりました。その後、遅れて到着する人がいて、開廷までに傍聴券はなくなり、無事傍聴席は満杯になりました。ただ、第1回の125人と比べると減少は否めませんが、統一地方選挙が近づき、選挙に携わっている人の参加が減ったことも一因なのかなと考えています。

【法廷】

法廷では、原告側代理人が国や東電の控訴理由書に対する反論をプレゼンしました。森田弁護士は、国の津波予見可能性はなかったとする主張に反論。

◆1999年の津波浸水予測図を見ると、津波高が6メートルでも福島第1原発敷地全域が浸水することがわかっている。
◆869年に起きた貞観津波を基にした東電の試算(2008年9月頃)によると、1号機~6号機付近の津波高は8.7~9.2メートルで、誤差を考えて1.2倍すると軒並み10メートル(敷地高)を超える。
◆東電が依拠した津波評価技術は既往津波を参考にして想定津波を設定するもので、この手法を利用する者が、その時々の最新の知見・データに基づいて震源を設定することが予定されていた。
◆長期評価は三陸沖北部から房総沖の海溝寄りでは大型津波地震が起きる可能性を指摘したが、その根拠はその一帯で低周波地震が頻発しており、低周波地震の大型のものが津波地震であるとされた。
◆保安院からの問いに、東電高尾課長は津波評価技術では福島~茨城沖では津波地震を想定していないことを挙げ、長期評価については「確率論的に検討する」と説明したが、同氏はこの時のことを「40分くらい抵抗した」と述べ、「確率論で評価するとは実質評価しないこと」と述べている、
などを挙げ、被告側の「予見可能性はなかった」という主張には根拠がないことを明らかにしました。

次に白土弁護士の弁論は、東電の「慰謝料は、避難指示区域で月額10万円、区域外では総額8万円(大人)が妥当」、「区域外では、放射線によって健康に対する危険が生じていたとまでは評価できない」という主張や区域外避難者に対する平穏生活権侵害はなかったという主張に対する反論でした。そのため、2つの意見書(東京訴訟に提出された辻内琢也・早稲田大教授の意見書、生業訴訟に提出された成元哲=ソン・ウォンチョル・中京大教授の意見書)が紹介されました。

◆辻内教授の意見書は、震災から4年目の現状について宮城県2万7271世帯、岩手県1万2187世帯、福島県1万6686世帯を対象に行なったアンケート調査を基にするもので、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状の強さを測定するために「改定出来事インパクト尺度(IES-R)」が用いられ、25点以上になるとPTSDと診断される可能性が高くなるとされている。福島ではIES-Rが25点以上だった人の割合が41%あり、これは過去の阪神淡路大震災(1か月後の避難所)の39.5%や新潟中越地震(3か月後)の21%と比べても高い。区域外避難者のIES-Rの平均点は24.9点で、これは帰還困難区域と居住制限区域の25.9点と比べても遜色がないことがわかる、というものでした。

◆成教授の調査は、中通りの9市町村で事故当時2歳前後の子どもを持つ世帯を対象に14項目のアンケートを継続して行なったもので、「経済的不安感」「健康影響への不安」「保養への意欲」「子育てへの不安」については5年後の時点でも半数程度が「あてはまる」としている。また、SQDという調査によると、PTSDは年々減少傾向にあるが、うつ状態は2013年から2015年にかけてほとんど変化が見られず高い水準にあることがわかる、というもので、避難元での被害の実態も重大かつ継続している。こうしたことから、白土弁護士は、避難指示区域と区域外の慰謝料額に差をつけるべきであるという東電の主張は誤りである、と結論づけました。

【報告集会】

昼食休憩をはさんで13時から開催された報告集会の第1部では、まず川中弁護団長が「進行協議で双方の立証予定を述べ合ったが、裁判官はまだまだですねという感想だった。われわれも、もっと力を出し切って、焦点を絞って裁判闘争を闘っていかなければならないと感じた」という挨拶があり、支援する会共同代表の平信行(京都「被爆2世・3世の会」)さんからは「8年目の3・11ということで特集が組まれ、甲状腺がんや震災関連死について触れたものもあったが、それと被ばくとを関連づける報道はなかった。放射能安全神話が一定の効果を持っているのかなと感じた。そういう状態を変えていくためにも、この裁判闘争がますます重要な意味を持って来ると思う」との挨拶がありました。

そのあと第弁護団から、今日の口頭弁論で陳述の概要や背景について説明がありました。森田弁護士からは、○東電刑事裁判で出された証拠を入手し証拠として提出した、
○この中には従来から東電がひた隠しにしていた防潮堤の設計図面もあり、津波高が一番高いとされた敷地南側だけではなく、全面に10メートルの防潮堤を造るという計画だったことがわかる、
○この証拠は膨大だが宝の山なので、丁寧に調べて活用していかなくてはならない。マンパワーが必要だが、全国の弁護団と協力してやっていきたい、という報告がありました。

白土弁護士からは、

○損害論で京都判決の乗り越えるべき点は、主に慰謝料が低額であることと賠償期間を2年に限定したことの2点、
○東電は避難指示区域とそれ以外のところでは全然違うんだと主張している、
○そこで、放射線マップを示して、どこで線引きできるという状態ではないということを言った、
○意見書としては、生業訴訟の成元哲・中京大教授の意見書と首都圏訴訟の辻内琢也・早稲田大教授の意見書を使わせてもらった、
○全国の弁護団でコミュニティ侵害、ふるさと喪失慰謝料ということを主張しているが、裁判官にそれをどう伝え、どう立証していくのかが課題になっている。先日、かながわ訴訟では法廷で事故前の福島での幸せな生活の情景を放映していたということを原告の福島さんからお聞きして、そういう伝え方もあるのかと思った。今後、弁護団と原告が緊密に知恵を出し合っていきたい、との報告がありました。

田辺弁護士からは、

○東電刑事裁判での証人尋問調書が手に入った。刑事事件の記録を民事裁判に渡すのは滅多にないこと、
○津波対策から逃げて逃げまくった末にいったん津波対策をすることに決めたあと、「ちゃぶ台返し」でひっくり返した、そういう経過が全部載っている調書なので、東電・国は証拠にしたくないはずだが、国はこの調書を基に準備書面を書くと言っている。また国は損害についても総論を書くと言っている、
○東電も責任論、損害論を書くと言っている。これまで東電はプレゼンをしたことがないが、次回はプレゼンをする可能性がある、
○裁判官は冷静に判断したい人たちなので、集中力を乱されるのを嫌がる。最後に判断するのは3人の裁判官なので、いかにおかしなことを言っているのかをじっくり聞いてもらう必要がある。みなさんは冷たい視線を向けながら静かに聞きましょう、
○先日、原告の園田さんたちと勉強会をして、国連人権理事会が日本政府に対して勧告を出したり、警告文を出したりしている、ずっと追いかけているのは珍しいことだということを教えてもらったので、これについて一本準備書面を書きたい、
○ひょうご訴訟が先進的に取り上げておられる不溶性セシウムボールについても、空間線量は下がっても土壌汚染は動かないし、測れば出てくるので、そういう所に住むことはいかにリスクがあるかという観点で取り上げていきたい、という報告がありました。

なお、次回期日は6月13日(木)で、次回から開廷が午後2時30分となったので、近い方は午前中仕事をして、後半休を取って参加することもできるようになりますし、遠くから参加の人もゆっくり出かけられるようになります。次々回は9月10日(火)午後2時30分開廷となりました(報告集会の時点では予定ということでしたが、確定しました)。

そのあと、報告集会に参加した原告が全員前に出て、一人ずつお礼や決意表明をしました。要点だけをかいつまんで紹介すると、以下のようでした。
○裁判所に入る時、拍手喝さいで迎えてもらい感激した。
○同じ団地に避難していた50歳の女性が年明けに孤独死した。裁判もADRもしておらず、ほとんど付き合いがなかった人だが、原発事故さえなければそういう死に方はしていなかったと思うとくやしい。
○長らく住んでいた公務員宿舎が今月末で閉鎖される。避難者同士が顔を合わせる場が裁判期日しかなくなってしまうのかと思い、複雑な思いだ。これからも繋がりを大切にしていきたい。
○この裁判を通じて弁護士の先生や支援者のみなさんから成長させてもらった。みんなも力強くなっている。
○裁判もしていなくて苦しんでいる人もいるので、そういう人にも声をかけていきたい。
○福島から参加した。原発事故を風化させてはいけないという思いがある。明日は千葉第2陣訴訟(判決)に行く。
○引き継ぐ者がいなくて、施設の理事長を続けているが、現場にいないので新しく入って来た職員や入所者の顔と名前を覚えられない。名前だけの理事長になったのが悲しい。いま甲状腺がんになり自然治癒力を信じて頑張っている。
○過去2年間、海外で原発被害者の声を届けて来た。この問題を国際問題化しようといろんな人が協力してくれている。皆さんがこうやって来てくださるのが私の原動力になっている。
○私たちが皆さんの前で話をすることができるようになったのも、皆さんが話を聞いてくださったからだ。先日、南相馬の市会議員の方と話したが、「中から声を上げるのには限界がある。外から風穴を開けてほしい」と言われた。人に言えないことがどれだけ苦しいことか。頑張っていくので応援してほしい。
○この間、イベントや集会に手分けして出かけて行き、話やアピールをさせてもらった。機会があれば誰かが話に行くので、声をかけてほしい。出口で、原告がそれぞれ手書きしたメッセージカードをお渡ししたいので受け取ってほしい。

報告集会には、関西訴訟の原告、弁護士、サポーター、ひょうご訴訟の弁護士のみなさんも参加いただいていましたが、時間がなくなり、紹介だけする形になってしまいました。申し訳ありませんでした。

そのあと、第2部ということで、弁護団によるかながわ訴訟判決についての説明と評価が行なわれましたが、すでに相当長くなっていますので、別途報告させていただきたいと思います。

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◆控訴審第1回口頭弁論の報告~支援する会から

みなさま

原発賠償訴訟・京都原告団を支援する会事務局の上野です。

12月14日、大阪高裁で控訴審第1回期日が開かれ、たくさんの方が傍聴に駆け付けてくださり、裁判所に対してこの裁判は社会的に注目されているぞということを強く印象づけることができました。参加いただいた皆様、ありがとうございました。以下、報告です。

今回は、西日本では初めての控訴審ということで、記者会見も行ない、僕はそちらに同行したので、報告集会には終わりの方しか参加できませんでした。

◆抽選までの状況

傍聴券を求めて抽選番号リストバンドを受け取った方は125名。京都地裁でも見慣れた方もたくさん来ておられ、大変勇気づけられました。遠くかながわ訴訟の村田原告団長、愛知岐阜訴訟の伊藤原告団共同代表夫妻、関西訴訟からは森松代表ほか多くの原告さん、ひょうご訴訟からも原告さんが駆け付けてくれました。今回は記者席が多く用意されたために一般傍聴席は75席と少なめで、約50名が外れるという厳しい抽選となりました。

大阪高裁では手荷物検査が始まっており、混雑が予想されるため、当たった方には手荷物検査に入ってもらい、原告の入廷行進は抽選に外れた方が玄関前で待機し、拍手で迎えました。そのあと、抽選に外れた方たちは道案内のスタッフの誘導のもと、模擬法廷の会場(弁護士会館が取れず、少し離れた貸会議室)へ移動しました。

◆口頭弁論

今回は初回ということで、原告を代表して共同代表の福島さんの意見陳述が行われました。福島さんは、5分という時間制限の中で原告一人ひとりの思いを込めたという原稿を読み上げました。原発事故を無かったものにしたいがために、避難者を住宅から追い出し、小児甲状腺がんが多発しても放射能との因果関係を否定する政府の姿勢を批判し、避難の正当性を訴えました。そして、最後に立ちあがり、裁判官に向かって「私たちの避難の権利を認めて下さい! 最後に、私たち原告一人ひとりの命と裁判官のみなさまの命と向き合って判断してほしいと強く望みます」と訴えました。

次に原告側代理人(高木弁護士と鈴木弁護士)による「因果関係に関する控訴理由書」の告知(要旨)が行なわれました。高木弁護士の部分の要点は、◇原判決は公衆被ばく限度(年1mSv)を規定した国内法を無視しており誤りである、◇ICRPは、低線量被ばくの影響について諸説あることを前提としてLNTモデルを採用し、公衆被ばく限度を年1mSVと勧告している、◇生活圏内に年1mSvを超える線量が測定された地域から避難することは最も重要な社会規範である国内法に照らしても相当な行為である、◇原判決は全文480頁のうち、土壌汚染についてわずか半頁(13行)しか触れておらず、土壌汚染を軽視している。土壌汚染の軽視は内部被ばくを無視することになる、◇内部被ばくの身体への影響は外部被
ばくよりも大きい、◇チェルノブイリで法では、内部被ばく量と外部被ばく量を合算して住民の総被ばく量を算出しており、その推計に土壌汚染度が用いられている、というものでした。

鈴木弁護士の部分の要点は、◇原判決は4万Bq/ ㎡(放射線管理区域)という土壌汚染の意味を理解していない、◇管理区域内に人は長時間居てはならないというのが社会通念であり、管理区域以上の汚染地域から避難するのは社会通念上相当である、◇モニタリングポストと周辺汚染状況にはかい離があり、子どもが地面に転がったり座ったりすることを考えれば、地上100cmの空間線量を基準とすることは不合理である、◇原判決は、避難の時期を2012年4月1日までとした理由の1つにその時期には子どもの避難者数は減少傾向にあったとするが、京都府においては4月1日以降も福島県内からの類兼受入避難者数は確実に増加しており、理由にならない、というものでした。

次に井関弁護士による損害額認定に関する控訴理由の告知(要旨)が行なわれました。その要点は、◇避難指示を受けた者の慰謝料は月額10万円に対し、区域外避難者の慰謝料は月額に直すと12,500円で低額にすぎる、◇自身の担当原告は6世帯だが、そのうち4人が心身に深刻な不調を来している(具体的な状況の紹介がありました)。それほど原発事故による被害は過酷なものである、◇交通事故で通院8ヶ月の慰謝料が100万円「を超えるのと比較しても30万円の慰謝料は余りに低額である、◇原判決は、避難から2年も経てば避難先での生活も安定するとしたが、避難は「一般的な移転」(転勤に伴う引っ越しなど)とは違う、◇被告東電でさえ、避難先の家賃を2018年3月まで補償してお
り、2年間に限定する原判決は変更を免れない、◇原判決はコミュニティ侵害を固有の損害とは認めず、慰謝料算定で考慮すれば足りるとしたが、低額の慰謝料で考慮されたとは思えない、◇自然、人間関係、文化など有形無形の権利利益を包含するコミュニティが不可逆的に変容させられ、元には戻らなくなった。コミュニティは平穏生活権の基盤であり、何物にも代えがたい価値を持つ。コミュニティ侵害について正面から認める判決を求める、というものでした。

今回は国側代理人もパワーポイントまで使ってプレゼンを行ないました。しかし、パワポは小さい字で何が書いてあるかまったく読めず、小さい声で早口でしゃべったので、細かい点はほとんど聞き取れませんでした。要約すると、安全性には「相対的安全性」と「絶対的安全性」があり、原発の規制基準に求められていたのは「相対的安全性」だった。地震本部の長期評価は「決定論」に取り入れるほど根拠のあるものではなかったので、「確率論」で扱うことにしていた、というようなことを長々と述べていました。現実によって破綻した「理論」を正しかったと言い張っている印象で、そんな態度で再稼働を進めているのならまたぞろ事故を引き起こすぞ、怒鳴りつけたい衝動にかられましたが、実際にどなり
つけた人がいたのでした。

国側代理人の発言が終わったとたん、原告席の一人が立ち上がり、被告側に向かって「責任逃れの言い訳じゃないか」、「また事故が起きるじゃないか」

(正確な言葉は覚えていないのですが)という趣旨の発言を始めたのです。しばらくして裁判長が「ここはそういう場ではありません」と言い、田辺弁護士が「後日反論します」とまとめ、閉廷となりましたが、この原告さんの発言はみんな抱いていた憤りを代弁したものだったと思います。

◆記者会見

閉廷したあと、記者会見と報告集会が平行して開催されました。記者会見には原告の福島さん、堀江さん(以上、共同代表)、川崎さん、鈴木さん、高木さんの5名、弁護団の川中団長、田辺事務局長の7名が参加し、僕は写真撮影のために同行しました。

記者会見では、各原告から第1回期日を終わっての感想や思いが語られました。その要点は次のとおりでした。

●福島さん…今日は傍聴席が満杯になり感無量です。京都地裁では自分のことを中心に陳述したが、今日は原告一人ひとりの思いが詰まった内容になっている。避難者が置かれている現状と事故後何も変わっていないことを裁判官にわかってもらいたいという思いで書いた。すべての原告が笑顔になれる日まで闘いたい。負けられない。

●堀江さん…たくさんの方が傍聴に来てくれて、ありがたかった。子ども3人が原告になっているが、そのうち1人がすべて棄却された。娘も、そして棄却された他の原告も控訴審で認められるように闘っていきたい。

●川崎さん…控訴したのは世の中が何も変わらないからだ。事故後、行政にも学校にも訴えたが、「ここは茨城県だから」という回答しかなかった。混乱期を過ぎても「安全、安心」の押しつけは変わっていない。チェルノブイリ法のように、安全でないことを前提とした教育や行政のあり方に変えていくためには国を動かすしかない。何としても国を変えたい。

●高木さん…避難を決断するまでに子どもの健康をはじめ、どれだけつらい思いをしたことか。京都へ来て、外から福島を見た時に、「もう戻るのは難しいな」と思った。どうしたら国を変えられるんだろうと考えた。私たちが国のあり方を変えなければいけないと思っている。そのために司法に訴えて、勝利をかちとりたい。

●鈴木さん…障がい者の自立生活支援をして介護事業所の理事長をしていたため、自分が避難するまでに2年半かかった。避難にあたっては福祉、医療態勢、交通アクセス、住宅などいろいろ不安があった。京都地裁判決は避難の期限を2012年4月1日で切っているが、各人の事情を考慮していない。その後、私は甲状腺がんを発症した。そういう被害を国は調べもしないことに憤っている。裁判で決着をつけたいと思っている。

そのあと川中弁護団長が次のように決意を語りました。

原告側の陳述はわかりやすく、争点が明確になったのではないですか?それに対して国側は何を言っているのかわからなかったが、今後きっちり論破していきたい。この裁判は、原告はふるさとに帰りたいが帰れないという実態を裁判官にわかってもらわないと勝てない。オリンピックの競技が福島でも行なわれるということで、すべて解決したかのようなキャンペーンが強まることが予想されるので、それが裁判に影響しないようわれわれも頑張っていきたい。

記者会見が終わったあと、両弁護士は進行協議へ向かわれ、原告5名と僕は報告集会会場へ向かいました。会場に着くと105席は最前列の一部を除いてほぼ満杯で、ちょうど関西訴訟原告の人たちが連帯のあいさつをされるところでした。そのあと記者会見から帰った原告5名がそれぞれあいさつをし、最後に先に報告集会に参加していた原告も含め原告全員が前に勢ぞろいして、集会を終えました。

第2回期日は来年3月13日(水)11:00開廷です。また、第3回期日は6月13日(木)14:30開廷と午後からに時間は変わります。引き続き、ご支援のほどよろしくお願いします。

◆11/25「京都原告団を激励する集い」の報告

  • 救援新聞 京都版No.1351 2018年12月15日
    橋本宏一(日本国民救援会京都府本部 事務局長)

原発賠償京都訴訟は控訴審のたたかいへ

盛大に原告を激励する集い

◆3月の京都地裁判決に満額の賠償が認められた1人を除く原告172人が控訴している福島原発賠償京都訴訟の、第1回口頭弁論を目前にひかえ、11月25日、大阪市中央区のエルおおさか(大阪府立労働センター)で「京都原告団を激励する集い」が開かれました。原告、弁護団、「原告を支援する会」、関西の訴訟当事者など定員一杯の57人が参加し、控訴審のたたかいに激励のことばを寄せ合い決意を固め合いました。

◆原告団共同代表の福島敦子さんが支援への感謝と決意を述べたあと、川中宏弁護団長があいさつ。さらに、原告を支援する会共同代表の橋本宏一救援会府本部事務局長も、控訴審で避難者の被害にふさわしい判決を勝ち取る法廷の内と外の運動を、とあいさつしました。また、田辺保雄弁護団事務局長は、裁判官を変えるのは市民の声が大きく影響する、世論を動かす運動が特に大事だ、と強調。地裁で責任ありとされた国が、控訴審では執拗に反撃してきている。これは決してあなどれない、弁護団も全力で裁判官に被害の実相で迫る、と力強く語りました。原告団のあゆみの映像の上映や、原告1人1人の思いなどが語られ、会場は大きな拍手と声援に沸きました。最後は萩原ゆきみ原告共同代表がお礼のあいさつ、そして全員集合。記念写真を撮影して散会しました。

◆なお、控訴審第1回口頭弁論は、12月14日(金)午前10時30分、大法廷(201か202号)で開廷。参加される人は、傍聴券抽選や、手荷物検査などがありますので、開廷1時間前頃に高裁正面入り口にお集まりください。

◆お礼,支援の会のみなさまへ。原告団共同代表より

暖かい春の日差し照る京都地裁にて、3月15日、原発賠償京都訴訟の一審判決が出されました。原告団共同代表 福島敦子 萩原ゆきみ です。

私たちの判決に、世界中のみなさまがお心を寄せくださり、結果は、東電のみならず国の責任を明確に認めた「一部勝訴」というものでした。

主張を棄却された原告世帯もいる中で、この5年間の様々な思いが交錯して、私たち原告の顔には涙がつたいました。

判決では、避難の正当性が2年間という期限付きではありますが初めて認められました。また、損害論においても柔軟な態度を示してくださいました。
避難の相当性があると認められた地域も、会津、千葉、茨城、栃木と広 がりました。

避難の相当性が認められなかった仙台市、つくば市の原告の主張。認められた原告においてはそれぞれの認容額は、今までの判決に比べるとずっと良いと思います。しかし被害に照らし合わせると納得出来ない所はあります。

ですが支援の会のみなさまをはじめ全国に広がる原告、支援者の皆さまのネットワークのお力添え、時間ある限り細部にもこだわり被告へ切り込んでいった弁護団の先生方の専門的、技術的な対策、一丸となり勇気を振り絞り声をあげてきた原告たち、京都訴訟ならではの「三つ巴」で頑張ってきた提訴からの5年間が認められたことは深い意義があります。

2か月に3回行われた本人尋問の時でも、天候が荒れた日の署名活動でも、避難者の住宅打ち切りに対する議会への働きかけでも、原告の声を民意へ
訴えるためのイベントの数々を企画し呼んでくださったり、サポートしてくださったりとこの訴訟のために献
身的にそして「我がこととして」いっしょに今日まで寄り添ってくださいました。

今後は襟を正し、あらたな闘志をもって、原告全員の賠償、「避難の権利」の獲得に向け、大阪高等裁判所へ控訴する意向です。

どうか原告とともに完全な勝ちをつかむその日まで歩んでくださいますよう心からお願い申し上げます。

今日は、東京訴訟の判決日。22日はいわき避難者訴訟の判決日です。
勝訴が続き、皆様と原告が笑顔になる結果が早く訪れますように。

原発賠償京都訴訟 原告団 共同代表 萩原ゆきみ、福島敦子

◆原発賠償京都訴訟判決の報告–支援する会 事務局より

支援する会事務局の上野です。

◆15日の京都訴訟判決の報告です。長文、重複ご容赦ください。

◆スタッフは9時に弁護士会館のホールにいったん集合し、役割分担を確認して裁判所に行くと、すでに見たこともないような大行列ができていました。その後も続々と人が集まって来ます。遠く福島県から来られた生業訴訟の中島原告団長、いわき被害者訴訟の早川原告団長、群馬訴訟の原告・丹治さん、かなわが訴訟の村田原告団長、東京訴訟の鴨下原告団長、関西訴訟の佐藤副代表、ひょうご訴訟の橋本原告団長など主だった訴訟の代表の方々の姿も見えます。メディアも報道各社のほか、アワプラネットの白石草さん、おしどりマコ&ケンさん、フリージャーナリストの吉田千亜さん、添田孝史さんなどの著名人の姿も。

◆裁判所の職員に聞いたところでは、傍聴整理券は370枚出たそうです。私はいつものように抽選に外れ、せめて各訴訟原告団一人には入ってもらおうと傍聴券をかき集め、渡すべき人を探すのですが、なにせ人が多すぎて見つけるのに一苦労。それでもなんとか手渡して、旗出しの写真を撮るために報道陣が集まる門の外へ出て位置を確保。しばらくすると、白土弁護士と清州弁護士の二人が走り出て来て、「三度 国の責任を認める」「一部勝訴」の垂れ幕を掲げました。前者には「やった!」ですが、後者の「一部」が気になります。

◆そのあと弁護士会館のホールに移動しましたが、ホールの中はビデオカメラがずらーっと並び、一角には記者席があるため、実質傍聴者用の椅子はせいぜい140席ぐらいしかありません。座れない人は壁際に立っています。法廷では判決言い渡しが続いているので、閉廷し、その後の囲み取材が終わるまで、「京都訴訟の歩み」と先日のバイバイ原発きょうと集会での原告のリレーアピールの映像を観てもらいました。閉廷し、原告団と弁護団が帰って来ても、原告団の席は舞台上に設営してあり、ビデオはその舞台のスクリーンに向けて映されているので、座る場所がありません。ビデオ上映が終わって、舞台の上に約30名の原告がずらーーっと並び、囲み取材から原告団共同代表と弁護団長・事務局長が帰って来るまで、傍聴者とお見合い状態です。綱渡りの運営が続きます。

◆やっと4人が帰って来て、判決報告集会が始まりました。

◆判決についてはすでに新聞各紙が報じていますが、少しだけ触れます。詳しくは弁護団の分析を待ちたいと思います。

◆責任論については津波は予見可能だったとし、被害の防止措置は経済産業大臣の権限行使によってしかなし得い、権限不行使は職務上の法的義務に反し違法。国は国賠法に基づき賠償する責任を負うとしました。責任割合についても、国は東電とともに、全額について責任を負うとしました。

◆避難の相当性については、空間線量が年間1mSvを超える地域からの避難および避難継続はすべて相当であるという原告の主張は採用できないとする一方、政府による避難指示の基準(年間追加被ばく20mSv)がそのまま避難の相当性を判断する基準ともなり得ないとし、避難の相当性の判断基準を示しました。

◆自主的避難等対象区域からの避難については、①2012年4月1日までに避難したこと、②妊婦または子どもの避難から2年以内に妊婦または子どもと同居するために配偶者または親が避難したこと、という条件を設け、その条件に合致する場合は相当性を認める(ただし、損害は避難時から2年間のみ認定)としました。

◆自主的避難等対象区域外(会津地方、福島県外)からの避難についても、空間線量、避難時期(事故当初)、居住地の自主的避難者の多寡、子どもや放射線の影響を特に懸念しなければならない家族の存在などの要素を考慮して判断するとしました。その結果、過去の判決では認められなかった会津地方、栃木県の大田原市、千葉県の松戸市、柏市からの避難が認められました。また生業訴訟では認められたものの賠償金額がわずか1万円とされた北茨城市からの避難についても自主的避難等対象区域からの避難とそん色のない金額が認められました。恐らく避難の相当性を認めたケースについては損害について地域による格差をつけなかったのではないかと思います。一方で、宮城県仙台市、茨城県つくば市から避難した3世帯については認められませんでした。

◆判決内容について説明があったあと、舞台上に並んだ原告が一人ひとり感想や思いを述べました。ある女性は「避難したことは正しかったと認めてもらえた」と語り、別の女性は「これで自分を責めなくてもいいと夫に報告できる」と涙ながらに語りました。ある男性は「子どもが一番かわいい時期を一緒に過ごすことができなかった。毎年1歳ずつ若返ってくれたらと思う」と述べ、別の男性は「福島で子育てすることを楽しみにしていたのにできなくなった。その責任を取ってほしい」と思いを語りました。避難の相当性を認められなかった女性は「子どもを守りたい気持ちは一緒なのに、なぜ認めてくれないのか」と悔しさをにじませました。高校生二人も「私たちを守るために避難してくれた両親に感謝して
いる」「これからは子どもたちが立ちあがるべきだと思う」と発言し、会場の涙を誘いました。

◆そのあと、各地から駆け付けてくれた各訴訟団から連帯の挨拶を受け、京都原告団を支援する会の共同代表の橋本宏一さん、石田紀郎さん、平信行さんからの挨拶、支援する会の奥森事務局長から今度の取り組みについての報告があり、散会しました。

◆長い間、京都訴訟を支えていただき、ありがとうございました。国と東電は必ず控訴してきますし、原告側も認定されなかった3世帯があり、認定されても遅れて避難した家族が否認されたり、損害が避難から2年間しか認められないなど、それぞれ不満があり、原告団として控訴する意向を固めています。今後とも、ご支援をよろしくお願いします。

◆16日、東京訴訟でも国の責任が認められました。もうこの流れは覆すことはできないでしょう。政府を統一交渉に引っ張り出すよう、他の訴訟団とも連携を強めて行きます。

◆なお、4月29日にキャンパスプラザ京都で判決報告集会を行ない、そこで弁護団から京都地裁判決の分析結果も報告する予定です。午後からは近畿訴訟団交流会を兼ねてレセプション(別途、参加費が必要)があります。詳細が決まった時点でまた連絡しますので、ぜひご参加ください。

◆2018/3/15 原発賠償京都訴訟の判決と,大飯原発差止訴訟

◆私たち京都脱原発弁護団・原告団が京都地裁に大飯原発差止を提訴したのは2012年11月ですから,すでに5年以上が経ちました。この間,原告団の事務局長を担当してきて思うのは,今の原発問題の課題と運動は,多方面に及んでいるという実感です。
◆原発が過疎地に立地し,大都市の際限ない電力消費に奉仕してきた差別構造は,福島第一原発事故の後,ますます明白になっています。立地地域にとどまりがちであった原発反対の住民運動は,福島第一原発事故の後,大都市での原発反対の市民運動や,大電力会社関電などへの抗議行動と結びつくようになりました。
◆原発には科学技術的な安全性の課題が根深くあるわけですが,それは「国民の生存権」という基本的人権にまで及んでいます。そして,それは,原発立地現地の住民運動,大都市消費地域での市民運動,各地の原発運転差し止め訴訟で問われています。全国の原発運転差し止め訴訟では,弁護士や研究者など専門家の熱意と知恵を結集した法廷闘争がくりひろげられ,多くの市民の参加と注目を集めています。そして,現実に運転差し止めが実現するような成果もあげています。
◆原発に反対する運動には,立地現地の住民運動,消費地域の市民運動,原発運転差し止め裁判というという三つの面の闘いがあるわけですが,その底辺を支えているのが,全国の原発賠償訴訟だと思います。率先避難者として全国に避難した方々,政府の指定区域外でも自らの判断で避難した方々らの涙と苦痛を目の当たりにして,私たちは原発事故のとてつもない非人間性をまっすぐに理解できるわけです。京都やどの地域も,第二の福島にさせない,これがすべての運動の基礎だと思います。
◆福島第一原発事故では,行政は勝手な線引きで被災者,避難者に差別を持ち込んできました。避難の権利を行使した率先避難者に対し,避難者としてカウントしないこと,住宅保障の打ち切り,汚染地域への帰還強要などペナルティが課されています。しかし,全国各地で行政と東京電力の責任を問う裁判と運動が進展してきました。また,国連の人権理事会でアピールする運動も進んでいます。
◆そして,原発賠償京都訴訟は,3月15日,判決に至りました。京都地裁の判決は,避難の相当性を認めて80点(川中宏弁護団長)とのことで,不十分な点もありつつ,これまでの原告の皆さまの奮闘が大きく実った内容だと思います。国の責任を認め,千葉,茨城,栃木など避難指示がない区域からの「自主避難者」の賠償を広く認めて,賠償を命じた点はとくに評価できると思います。
◆原発に反対する立地現地,消費地域,裁判所での闘いは,政府や電力会社の経営にも影響をあたえています。原発に反対する世論はつねに多数派を保っています。政府や原子力規制委員会は原発再稼働に熱心ですが,現在,動いている原発は,川内原発2号機,高浜原発3・4号機,そして,昨日再稼働された大飯原発3号機の4機だけです(伊方原発3号機は2017年12月の広島高裁仮処分決定で停止中。川内1号機は1月末から定期点検に入っています)。
◆政府は,原発再稼働,核燃料サイクルと再処理,原発輸出を推進していますが,東芝,日立,三菱など原子炉メーカーの経営とともに混迷を深める一方で,日立の原発輸出への債務保証など不透明な癒着を深めています。核のごみ処理もまったく見通しがありません。原発は電気をつくるだけでなく,莫大な放射性廃棄物もつくっています。原発の電気で儲け,廃棄物処理は国民負担にする構造に対し,さらに追及の手が必要です。東電や関電は,電力自由化の下,顧客離れに苦しんでいます。とりあえずすぐにでも新電力に移行しましょう。
◆私たち京都地裁の大飯原発差止訴訟には仮処分のような即効性はありませんが,関西電力の設定する基準地震動への疑問と,事故が起こった際の避難困難性などについて,着々と主張を積み重ねています。直近では1月16日に第18回口頭弁論がありました。被告関西電力は,基準地震動策定が「平均像」であることを認めたうえで,地域特性を十分に把握できているため,基準地震動を超える地震発生の可能性は否定できると主張しています。しかし,主張をするばかりで保有している根拠資料すら提出せず,それどころか原発の地域特性の調査として当然になすべき重要な調査がなされないままです。
◆また実施された調査結果は「科学技術を冒涜する所作」以外の何物でもないといえるほどに,基準地震動が小さくなるよう歪めて評価していることを明らかにしました。これって,森加計方面で今はやりの改ざんといってもよいものです。
◆次回の第19回口頭弁論は,3月27日火曜日,14時からです。抽選券配布は,13時25分から40分までです。多くの皆さまが傍聴席を埋めていただきますよう,お願いします。開廷前には定例のデモを行っています。
◆3月14日,大飯原発3号機が再稼働されてしまいましたが,昨年末には関電が老朽大飯原発1・2号機の廃炉決定をしたことは,私たちの運動の勝利といえます。安全対策費が膨大になり,経済的合理性からみて,ペイしなくなったのです。私たちは,原発の科学技術的な課題(安全性),倫理的問題(将来への核のゴミつけ回し,電力多消費型社会への批判)を追及しつつ,経済合理性から見て原発が産業として成立しないことも法廷で追及しています。
◆2016年4月以来の電力自由化の下,原発に依存する電力会社の経営は厳しさを増しています。関電は,小口で毎月,6万件から7万件の顧客を失い続けています。昨年末には,小口契約の10%をこえる120万件が関電との契約を変更しました。大口でも,京阪電車をはじめ,関電離れが進んでいます。関電の電力販売量は長く東電につづく第2位でしたが,昨年は中部電力に抜かれて,第三位に転落しました。
◆苦境の電力会社を守るために,政府は,新電力利用者にも原発コストを負担させたり,送配電料金の一部として送配電とはまったく関係のない福島事故の処理廃炉費用もぐり込ませようと企んでいます。原発を維持するための電力料金のからくりをあばき,新電力への移行をうながす「原発の電気はいらない署名@関西」の運動も重要になっています。
◆京都脱原発原告団は,原発賠償京都訴訟の原告の皆さんとともにあります。今後さらに多面的な運動をめざしたいと思っています。ともに奮闘していきましょう。
(大飯原発差止訴訟 原告団 事務局長 吉田明生)

◆原発賠償京都訴訟と3/15の判決

◆原発賠償京都訴訟は,福島県や宮城県など5県から京都府内に避難した57世帯174人が原告。避難指示区域外の「自主避難者」の避難の権利や,原則1人550万円総額約8億5000万円の損害賠償を求めた。

◆京都訴訟原告の事故当時の居住地は,福島市やいわき市など東電が賠償対象とする福島県内の「自主的避難区域」が143人で,同区域外の福島県や茨城,千葉など他県が29人。他の2人は国の避難指示などが出た福島県内の区域に住んでいた。いずれも平穏な日常生活を奪われ,二重生活に伴う負担増を強いられたなどと訴えてきた。

◆原発避難者の集団訴訟は,全国で約1万2000人が約30件にのぼっている。3/16には原発賠償東京訴訟(福島原発被害東京訴訟)の判決,3/22にはいわき避難者訴訟の判決が続く。

◆3/15の判決(浅見宣義=あさみ・のぶよし=裁判長)の内容について…このまとめは吉田明生の私的まとめであり,原告団・弁護団の公式見解ではありません。

(1) 東電の賠償責任が認められたのは,全国の同様の集団訴訟で,5件目。2017年3月の前橋地裁,同年9月の千葉地裁,同年10月の福島地裁,2018年2月の東京地裁に続くもの。当然。

(2) 国と東電双方の責任を同等として,国の責任も認めた点は大きな勝訴。全国の同様の集団訴訟で,3件目。2017年3月の前橋地裁,同年10月の福島地裁に続く。
(なお,2017年9月の千葉地裁は国の責任を認めなかった。2018年2月の東京地裁は国を被告にしていなかった。)

(3) 国は,2002年に国の機関が公表した「長期評価」(将来の地震の評価)によって,巨大地震を予見できたし,予見する義務もあった。どれほど遅くとも,2006年末に国が権限を行使していれば,事故を回避できた可能性は高かった。国が,敷地高を超える津波への対応を命じなかったのは,職務上の法的義務に反し,違法である。国は「長期評価からは地震を予見できず,規制権限の行使義務もなかった」と反論してきた。

(4) 子どもや放射線の影響をとくに懸念しなければならない事情を持つ者がいることなど個別具体的事情を考慮して,避難の相当性を判断する基準(避難基準)を示し,千葉,茨城,栃木など避難指示がない区域からの「自主避難者」の賠償を広く認めて,賠償を命じた。今回の判決でいちばん大きく評価できる点と考えられる。

(5) 避難基準の空間線量では,年間被ばく線量1ミリシーベルトを超える地域からの避難は,認めなかったので,問題がある。土壌汚染や内部被ばくもふれていない(判決要旨)。しかし,国の避難基準の同20ミリシーベルトも避難の相当性を判断する基準ともなり得ないとした。

(6) 避難基準の避難時期の条件の一つに,2012年4月1日までに避難したことがあげられているが,これは野田佳彦首相が2011年12月に原発事故終息宣言を出した時期を考慮要因にしているのではないか。原子力緊急事態宣言(2011年3月11日発令)は今も続いているのだが。

(7) 判決の避難基準で,避難の相当性が認められた原告は143名,一部認められた原告は6名。認められなかった原告は15名で,その余は避難していないか,避難時に胎児であった者となる。

(8) 損害賠償は,一部認容を含めて原告110人に総額約1億1千万円の支払いを命じた。請求額との比率ではこれまでより高くなっているが,まだまだ低額。賠償を棄却された原告は64名であるが,世帯単位でみると実質的に賠償されている例もある。賠償を認められなかった原告もいる。

(9) 控訴期限は2週間。原告団は,大阪高裁に控訴する。

(10) 4月29日(日),判決報告集会(午前)とレセプション(午後)。キャンパスプラザ京都(京都駅前)にて。